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「母さん! 今日から夕飯は少しでいい。その代わり、夜食で鍋を用意してくれ!」
「なんだい、いきなり。あんた、鍋料理が食べたいのかい?」
ある日、帰宅したタカシが興奮気味に話し始めたので、母親は怪訝な顔をするが……。
「違うよ、母さん。ケンジから聞き出したんだ。夜食として鍋を食べながら勉強すると効果あるって!」
「おお! そうなのかい?」
タカシの説明を聞いて、母親の顔がパッと明るくなる。
「詳しい理屈までは聞いてないけど、脳のエネルギー補給の問題じゃないか? 炭水化物は糖分に変わってエネルギーになる、って言うから」
「勉強すると甘いものが欲しくなる、って話なら私も知ってるよ。なんちゃら糖が頭を動かす源になるんだとか……」
「きっとそれだ。でも甘いものの食べ過ぎは虫歯の原因とか体に悪そうだし、毎日続けるなら炭水化物が向いてるんじゃないか?」
「じゃあ鍋は鍋でも、うどんとか餅とか多めに入れないとね!」
こうしてタカシは母親の協力のもと、毎晩毎晩、炭水化物たっぷりの鍋を食べながら夜更かしして勉強するようになった。
寝不足のため、昼間の学校では居眠りも多くなる。それでもタカシは、
「学校の授業より、参考者や問題集の方が受験には役立つ。実際ケンジだって、そっち優先で成果を出してるんだから!」
と自分に言い聞かせていたのだが……。
二ヶ月後。
次の実力テストでは、成績が良くなるどころか、順位が若干下がっていた。
「やあ、タカシ。ちょっと見ない間に、ずいぶん太ったんじゃない?」
廊下ですれ違ったケンジが少し驚いた顔を見せたので、タカシは表情を曇らせる。成績は落ちてきたのに、逆に体重は、この二ヶ月で十五キロ増えていた。
「ケンジのアドバイスに従って、高カロリーの夜食を毎日食べてたからな……」
「は? 僕のアドバイス? 何それ?」
「しらばっくれるなよ。勉強のコツだ、って教えてくれたろ」
「ああ、その話か……」
ケンジはポンと手を叩くが、納得の表情を見せたのは一瞬だけ。すぐに顔をしかめていた。
「でも変だな。睡眠時間を削れとは言ったが、高カロリーの夜食なんて言った覚えないぞ」
「おいおい、今さら前言撤回は卑怯だぞ。こっちは素直に従ったのに……。僕をからかって遊んだのか?」
「いや、そうじゃなくて……」
言った言わないの押し問答になる二人。
どちらも正確な発言を覚えておらず、食い違っているが……。
タカシのボキャブラリーにない、少々古臭い言い方をケンジがしたために、誤解が生まれたに過ぎなかった。
二ヶ月前、タカシから勉強方法について聞かれた際、ケンジは次のように答えたのだ。
「僕は夜なべして勉強している」
(「夜中に鍋を食べながら勉強すると効率が良い」完)
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