やおろず書店にようこそ

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やおろず書店にようこそ

その書店は、元々は小さな街の本屋だった。 昔ながらの個人経営の本屋。 店舗は小さいが、客が求めるものは必ず在る。 そんな本屋だった。 しかし、世の中の流れには逆らえなかったのか、数年前に業界の大手企業とフランチャイズ契約をして、加盟店としてリニューアルオープンしてからは、どこにでもあるようなチェーン店と成り果てた。 レンタルDVD、CD、お菓子なども取り扱う店舗を改めて眺めて私は思わず呟いた。 「この店、こんなに広かったのね」 「本日よりお世話になります。 宇津木美冬です」 「店長の綾部夏希です。よろしくお願いします。 先ずは1時間ほどのガイダンスを受けて頂きます。店舗の決まり事などを簡単に説明しますね。」 にこやかに説明をはじめる店長と見え(まみ)ながら、全く場違いな感想を抱いた。 (この人、いくつなんだ?) 物心ついた時から、それこそこの本屋がチェーン店に加盟する前からこの店を利用しているが、この店長は昔から老けた様子はまるで無い。  色素の少し薄い髪は、柔らかいのかふわふわと散っている。  色白で細く上背はあるのだが、華奢な印象は拭えない。黙っていると笑っているように見える顔立ちは、接客業には有利だろうとかんじた。  黒縁眼鏡が、顔の一部のようで産まれた瞬間から眼鏡を装着していたに違いないという妄想に至ってしまって自嘲しつつ  ゾッとするくらいに、長年変化が無い笑顔を見つめた。   * * *  裏手にあった住居部分も店舗にする改装を施したと知ったのは、出勤三日目の事だった。 (そのせいで、認識しているより店が大きいと思ったのか)  加えてオーナーの伴侶が店長で、夫妻は住居を近くに建てたマンションに移したのだと教えられた。 (なるほど、長いこと呑気な商売していたのは不動産を持っていたからか)  などと、ぼんやりとした感想を抱いた。  教育係を務めてくれるのは、ナキメさんという泣きぼくろが特徴的な二十代後半だろう女性だ。  少し困り眉気味で優しげな風貌の彼女は、たいへん丁寧に作業を教えてくれた。  正規スタッフと非正規スタッフでは、ユニフォームと名札が異なる。  エプロンの色も異なる。  私服の上にエプロンでも良い、比較的緩い店舗だが加盟している会社の本部から指摘もない。  たまに、和装でうっかり出勤してしまう店長のその装いが評判良く、月に二日は和装dayをなんとなく設けるくらいなのは、どうかと思う。  朝シフトのチーフは物凄い美人で、どのくらい美人かというと【視線を向けずにはいられない目が覚めるような眩い美貌の美女】である。  夜シフトのチーフは、これまた美貌の人なのだが儚げでいて、確かな存在感のある男性で【一度視界に入れたら目を離す事の難しい麗人】である。  一度、打ち合わせをしている場に居合わせた際に、鏡合わせのような感覚を覚えて呆然と凝視してしまった。  視線に気付いた二人に気付かれて、思わず似ていると感じた旨を軽口半分に伝えれば、双子だと教えられた。  私は中番と呼ばれる朝夕の中間シフトで、どちらのチーフにも関わりがあるので、その一件で何故か気に入られたのは、僥倖と言えなくもない。    中番なので、朝夕両方のスタッフ全員と顔を合わせたが、しばらくしてもオーナーとだけは顔を合わせる事はなかった。  年明け後に入り、そろそろ春の気配を感じ始めるニ月半ばを迎えていた。 (まあ、一介のバイトならそうだよね)    などと思いながら、補充用のコミックをシュリンカーにかけていた。  すると、目の前に真っ直ぐな黒髪に小さな顔を縁取られた美少女が立っていた。  眼差しが凛としているのが、印象的だ。 (姫カットが似合う子なんて、貴重だなぁ)  などと思っていたら、話しかけられた。 「宇津木さん?」  心地よいアルトの声音で、しっかりと尋ねられる。 「はじめまして、オーナーの綾部です。 かなり遅くなってしまったけれど歓迎会を開きたくて、都合を聴きに来たの」 「え?オーナー……ですか?」 「はい、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」 「てことは、店長の奥さん!」 「はい、そうですね」  クスクスと美少女は、笑いを零す。  ますます店長の年齢が分からなくなったと、しどろもどろしながら夜の時間を空けられる日を答えた。  
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