お客とお客さまとお客さん

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お客とお客さまとお客さん

「なあ!テレビでやってた本が欲しいんだけど」  千代さんに、年配の男性が問い合わせというには些か雑な声掛けをする。 「はい、なんというタイトルでしょうか?」 「わかんねーよ、昼の番組で紹介してた本だよ。分かるだろ?あんなに毎日紹介してるんだよ」  千代さんが困ったような表情をする。  店が今の形態になってから、ちょくちょく通ってくる客で新人が入るとあのような絡み方をしてくる、少し困った客だ。  もうしばらく様子を見たら、助け船を出そうと考えていると、にこにこと笑顔を浮かべた店長がぬっと千代さんと客の間に入る。  今日は、一応非番なので普段着の和服姿だ。 「お客さま、あれなんでしたっけね? 日本全国にある偉い人のお墓で、栃木の方にあるのがいちばん有名なあの神社ですよ」 「あ?」 「ぼくの友人は、自分の地元にあるのが大元だって譲らないんですけどね」 「『東照宮』だろ? 徳川家康を祀った宮だ」  いつの間にか、背後に佇んでいたオーナーのアルトが、淡々と告げる。 「多分、お客様さまのお捜しの本は、コチラの本では?」  スッと、手を伸ばして表紙を見せる。 「知らねーよ」 「お客さまが分からないものは、彼女にだってご案内できませんよ」  店長の、ニコニコした笑顔が怖く感じるのを幾度か見ている。 (ああ、あのお客さんは店長から【要らない】と判断されたんだな)  結局、その客はその日退店してから来る事は、無かった。  
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