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当店、セルフサービスです
「これ、揃えておいてちょうだいね」
そう言ってレポート用紙を渡すと、その女性客は颯爽と店外へ出て行ってしまった。
「え!?え?」
そこには、達筆な文字の羅列たち。
「あの!飛田さんっ!!今、お客様に渡されたんですけど」
「あー【マダム】が来たのね」
慌てる様子もなく、飛田さんは私からレポート用紙を受け取り、目を滑らせる。
「月日さん【マダム】のオーダーです」
月日さんは振り返って、駆け寄る。
「新人センサーでもついているのかね、あのご婦人」
「きっかり1週間後に来ますよね」
月日さんと飛田さんは、ふたりでその用紙を覗き込む。
そして、顔を上げた月日さんと目が合う。
「申し訳ないけど、レジ任せておいて良いかしら美冬ちゃん」
「あ、はい」
そう言って、ふたりは売り場に出て行った。
この店で働きはじめた週の事だった。
※
「宇津木さん、あのコレ…」
夏休み期間から働きはじめた学生バイトちゃんに、おずおずと声をかけられる。
そこには、達筆な文字で書かれた『書名』やら『著者名』やら『何月何日に誰それが紹介した本』というメモ。
「あー、もう一週間かぁ」
「はい?」
「袖花さん、マダムのオーダー来ました」
「はいはい、月日さんには敵わないとようやく分かったか」
千代さんが【マダムのオーダー表】を受け取ったとき、千代さんに対して嫌な絡み方をしたので、月日さんがピシャリと言ったのだ。
多分、月日さんが居ない日を狙って来た。
【マダム】と呼ばれるあの人は、普段は店を利用するわけでもないのに、従業員が新たに働きはじめるとふらりと来店して、レポート用紙に書いたメモを渡して去って行くのだ。
新しく本屋で働きはじめた人間に、狙いを定めてくるあたり弱いものイビリをしたい質の悪い客の部類に入る。
しかも、店内を捜しもしないでいきなりメモを渡してくるなんて、なにか勘違いしている。
「当店、セルフサービスですって言いたい」
「そうねぇ」
袖花さんが、苦笑した。
別にルール違反ではないのだ。
場所がわからない本の位置を、案内する事自体は迷惑行為ではない。
ただ、やり方に悪意が透けて見えてしまうので、心にわだかまりが黒い靄のように溜まる。
「しかも、わざわざ崩した文字で来るのが意地悪ですよ」
【マダム】が戻るまでに揃えておかなければ『ねぇ、まだ?』『いつまで待たせるの?』『私ねぇ、足が悪いのよ。待たされ過ぎて足が痛いわ』『タクシー待たせて居るんだけど?』などなど、しつこく詰め寄る。
一度、渡された新人から引き継いだ従業員が接客したら『あなた無責任ね、失格よ』と新人に言って、3日に一度電話をかけて来て追加オーダーをしてくる始末だったらしい。
「なにが目的なんでしょうね」
何気なしに呟くと、袖花さんが苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべて、ひとこと言った。
「寂しいんでしょ」
月日さんに言われる前から、従業員の対応する態度で感じとるものもあるだろうに、懲りずに来るあたりで執念さえ感じる。
「そろそろ、例の客が来る頃かと思ってな」
愉快そうな声が背後からして振り返ると、オーナーが居た。
「頃合いであろう」
オーナーは、本が好きで書店を経営している人だ。
だからだろうか、私たちの誰よりも本に精通している。
「オーナーのピックアップを目の当たりにすると、自信無くします」
「オーナーは、この書店の主だから争うだけ無駄よ」
【マダム】が戻って来ないまま、学生バイトちゃんは退勤時間になって帰った。
「まあ、もとより私が対処するつもりであったし袖花も、もうお帰り」
朝から居る袖花さんが、退勤のためバックヤードに姿を消したと同時に【マダム】が来た。
「ねぇ、お願いしていたものがあるのだけど」
レジの脇から声をかけられる。
振り向こうとする私を制して、オーナーが進み出る。
「こちらですが?」
「そうだけど、あの若い子は?
私が頼んだ子の姿が無いようだけど」
「彼女は、帰りました」
「やだ、無責任ね」
「シフトは、決まっていますので」
「私は、あの子に頼んだのよ」
「その彼女から、私が引き継ぎました」
「…見ない顔ね、新人?」
オーナーは応えず、笑みを浮かべるばかり。
そこで、間違った確信を得たらしく【マダム】は捲し立てる。
「私はね、この店の常連なの。
いつも使ってあげているのに、この店の店員は礼儀がなってないのよ。
隣の駅ビルに入っている書店さんは、それはそれは素晴らしい店員さんが居て、私のリクエストしたものだけでなくオススメまでしてくれたのよ。
書店員とは、あのようにあるべきよ。
私の顔を見たら、私好みの本をポンと出してくれるくらいじゃないとね」
(なんだかジメジメした話し方)
雨に降られて濡れた衣服を身につけて、着替えられて居ない不快感に似たものを感じた。
「なるほど、そうですか」
「そうよ!」
「ならば、私の店を使って貰わなくて結構」
ピシャリとオーナーが静かに告げる。
「は?」
「妾は、知識を求める者の為にこの店を構えている。
知識の記される本を、直に手に取り選んでもらうのが目的だ。
御主のように、憂さ晴らしのために、ただイタズラに従業員の時間を消費する輩など、お呼びでないわ」
オーナーの言葉使いを指摘することも思いつかないくらいに、スカッとした。
「なによ、この店は客を差別するって言うの」
「当然だ。
それに、御主は店員に捜させた本を買ったことはないだろう?
利用目的を間違えておる」
そうなのだ。
『見たかっただけ』『思ったものと違った』『考えてみる』と言って、購入したためしがない。
「客とは、購入意思を持つ者であって
ひやかし目的の者は、客ではない。
お帰りいただこう」
オーナーの最終通告の言葉は、逆らえない何かがあって【マダム】はすごすごと退店した。
それ以降、彼女の来店はなくなった。
彼女は、オーナーから赦されなかった。
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