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「あっ、僕の事は無理に先生とか呼ばなくていいよ。沢村でも俊介でも好きに呼んでよ」
「いえ、最初は先生って呼びます。慣れてきたら徐々に変わるかも知れません」
「オッケーオッケー。涼夏ちゃんのペースでね」
そう言うと先生はニッコリと微笑んだ。緊張していた私の心はいつの間にか溶けていて、自然体に近い形を保持する事ができていた。その後も先生とは色々な話をした。YOASOBIの事、猫カフェの事、ファッションの事、中学で流行っているものの事、お互いの友達の事など。でもお互いの恋愛の話はできなかった。昨日あれだけ家庭教師に修司の話を聞かせてやろうって思っていたのに、寧ろ私はその話題を避けた。何故だか私は修司の存在を先生に明かしたくなかったし、先生の彼女の有無も聞きたくなかった。
初日という事もあり、今日の授業は八割会話で二割勉強という感じだった。数学を少しだけ教えて貰ったけれど、短時間にも関わらず凄く分かりやすくて、私は感動を覚えていた。家庭教師というものにあまり良いイメージを抱いていなかった私の心を良い意味で裏切って、清涼感と刺激だけを残して去っていった。
授業を終えて、お見送りの際に先生が母に簡単に指導報告と挨拶をしていた。
「今日は涼夏ちゃんと色々とお話できて楽しかったです。それと、数学を少し指導したのですが、大変飲み込みが早く、これからが楽しみですね」
先生の言葉に母は満足そうに頷いている。
「今日はありがとうございました。どうもお邪魔しました。涼夏ちゃんもありがとう。バイバーイ」と言って私に手を振りながら扉を閉める先生の顔は、見えなくなるその瞬間まで眩しい笑顔のままだった。
私がフッと一つ息を吐くと、横から視線を感じたので、そちらに目を向けると、母が邪な笑みを浮かべて私を見ている。そして一言言い放った。
「惚れただろ?」
母の言葉があまりにも図星過ぎて、私は一瞬返事に詰まった。すぐに否定したが、説得力が無さ過ぎて、私はやり場のない想いを抱えたまま母からの口撃に耐えるしかなかった。
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