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「もおやだぁ…」 「弱気になるな!今日はものすごくいい感じだったそ、あと一息だろどう考えても!」 「そんなはずないじゃん…からかわれてるだけだもん絶対」 からかいたくもなる、当然だ。 なぜなら今までのリャオときたら地味で野暮ったくて、まともに男の子と話をしたこともなかった。 そんなリャオが突然髪型を変えて、化粧をしだして、今までこだわりなく着ていた祖母の野良着を脱ぎ捨て若い女性の好む色合いの服を着だしたのだ。 色気づいた地味女。 ただそれだけだ、そしてそんな地味女はからかわれて当然だ。 「私のこと可愛いとかおかしいでしょ…しかも何回も言うし、絶対にからかってるやつだもん」 「そんなことない!今日のリャオはいけてる!村一番の美女だ!」 「だからそういうのだって…」 リャオは寝台に額をつけて唸る。 本当は顔ごとぐりぐりとくっつけてしまいたい、けれどそれをしては化粧が崩れるということを最近知ったのだ。 身だしなみを整えるということは割と大変だ、制約がつきまとう。 「恥ずかしい…恥ずかしいよ…」 「何言ってるんだよ、順調じゃねえの!あいつ絶対リャオのこと好きになってるって!」 「あのさ、いままで本読むかおばあちゃんと畑仕事してるかの二択だった私にだよ?突然ワーワー言われてそれで好きになるの?やっぱりこの作戦おかしいんじゃない?」 「わかってねぇ、わかってねぇよリャオは」 いいか、と声はやれやれと言わんばかりに続けた。 「いままで野暮ったかった女が急に色気づいて、しかもことあるごとに突っかかってくるだろ?そんなん自分に気があるって思わない男はいねぇわけ」 「…へーそうなんですか」 「しかもあいつはちょっと支配欲強めだろ見るからに、そういうやつには今のリャオの攻め方がどんぴしゃなんだよ」 「そうかなあ…ファンウはもともと優しくていいひとだもん、私が妙な雰囲気で近づいてきたからちょっとからかってるだけだよ」 「わかってねぇなぁ!」 わかってないと言われたところで、リャオの認識は変わらない。 色気づいた地味女と、それをからかう村一番の人気者。 もしかしたら、からかってる雰囲気でそれとなく近寄るなという意思表示をしているのかもしれない。 こっそりとファンウに憧れを抱いていた身としてはなんにせよ辛い、辛くなってきた。 村の女の子たちから一身に熱い視線を受けるファンウに身の丈の合わない接触を続けるミャオへの風あたりは、日に日に強さを増しているのだから。 「それからなぁ、リャオは地がいいんだ。昨日隣んちの長男に粉かけられたようにだな、リャオに寄ってくる男の姿がちらほら見え始めてきただろ?」 「昨日のは…単に村祭りに行かないかってことでしょ?私がいつもひとりだからおばさんが誘えっていうんだよ、真面目ないい子だから逆らえないの!毎年の事!」 「明らかに違うだろ!お袋に言われただけの奴があんな顔して一緒に行くってここで約束してくれなんて言うかよ!とにかくそういう男の影がちらつくのがまたいいんだ、ああいう男にはな」 「ファンウに?」 「そうだよ、支配欲が強いくせに穏やかなふりしてるのは大体内側がどろっどろだ、他の男が入り込むなんて絶対に許さねぇんだって」 「だからものすごく嫉妬するってこと?この私に?」 ありえない。 どう考えてもありえない。 だからリャオは、寝台に額をつけたままぎゅっと目を閉じた。 「…ねぇ、これで本当にこの国のためになるの?私でいいの?」 「あぁ、リャオこそがたったひとつの方法だ」 リャオの膝に柔らかくて肌触りのいい、あたたかな何かが乗る。 「リャオ、ごめんな、大変だよな」 「…いいんだ、私がそうするって決めたんだもん、私こそごめん…堂々としていたいんだけど自信なくて」 それは首もとに付けた鈴をチリンと鳴らしながらリャオの膝に頭をこすりつけた。 丸くてやさしい形の頭をそっと撫でながら、リャオは数週間前のことを思い出している。 『ファンウは危険な存在だ』 あの優しい人気者が? 『あいつはこの村の夫婦に貰われて来ただろ?生まれは王都なんだよ、しかもその中心の…妾の生んだ王の子だ』 そうだとしても、それがなんなの? 『18になる年に王都から迎えが来る。世継が病で死んだからって、あいつが次の王になる』 それの何が問題なの? 『史上最悪の愚王になる、どこにいってもちやほやされるばかりでからっぽで、気分のまま好き勝手やって叱られたくてたまらないガキってだけなのに言葉を届けられるやつがいない。オレのいた未来のこの国は死と飢餓と怨嗟でもうぐちゃぐちゃだ、それを止めたい』 だから、古い秘術を使って猫の姿でこの時代に来た、って言うんだ。 『リャオ、お前にしかできないことだ』 わたしに? 『この先ずっと地味な女としてばぁさんと生きていくはずだったリャオの未来をここで変える』 いや、変えないでほしいんだけどなその未来。 『他人の前に出ても堂々とできる人間になれ、それでファンウを誑かして愛を教えてくれ』 無理だよどう考えても。 でも…これは機会なのかなって、ちょっとだけ思う。 『その意気だ!なぁリャオ、お前はもっと自信を持っていい、お前が前を向いてあいつにぶつかったらそれだけであいつはイチコロだよ。それをするために何が必要だ?』 そしてその日に、リャオは前髪を切った。 数分後の未来に起こること、翌日に起こることを全て正確に言い当てられるのを聞きながら、化粧を必死で覚えた。 村の人気者への密かな憧れと、他人の目を気にして祖母の背中に隠れ続けていた自分から抜け出せるのかもしれないという希望、そして黒猫の優しく背中を押すような言葉がリャオを立ち上がらせたのだった。 イロンと名乗る黒猫が語る荒廃した未来のこの国の姿を思い浮かべながら、リャオはファンウの前に立つ。 愛を教えるとか、誑かすとか、自分にはえらく難しい課題ばかり。 それでも丸まって眠る黒猫がうなされてか細く鳴く声を聞いたリャオだから、今日もファンウにつっかかるのを止めなかった。 誕生日だからと気合をいれたおめかしをして、今までの自分だったら視線を上げることすら難しかったのに、ファンウをじっと睨みつけたのだ。  恥ずかしいし、上手く行くなんて簡単に信じることはできない。 だけどこれが未来のためになるのなら、堂々と前を向ける自分にもなれるのなら。 これは一石二鳥だと思うと、またすこし頑張れる。 「よし、もうそろそろあいつが来るはずだから気合入れろよ!」 「うそ…ファンウがうちに来るの?やだよぉイロン、ちゃんとそばにいてね?さっきは肝心なとこでどっかいっちゃうんだから…もう離れちゃだめだよ?」 「分かってるって!リャオがちゃんと王妃になるまでずっとそばにいる、約束だ!」 黒猫は、そう言いいながらぐいぐいと頭をリャオの膝に押し付けた。 だからリャオは、鞄に入れたままになっていた誕生日の贈り物をどうにか渡すために、また立ち上がるのだった。
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