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王妃の黒猫は、それはそれはお行儀のよい猫だった。 粗相をすることもなく無駄に鳴きもせず、いつも王妃のそばか日当たりのよい窓辺で丸くなっていた。 王妃が首のあたりを撫でるとごろごろと喉をならしてゆったり目を閉じるのがなんとも愛らしく、時に王宮を見回るようにふらついてはいたる所に愛想を振りまくものだから、使用人から役人まで猫を可愛らしく思わない者はいなかった。 イロン、イロンと王妃が呼ぶと、黒猫はすぐにすっ飛んでいって、まるで犬のように忠実な奴だと王の臣下たちは口々に褒めたものだった。 猫なのに猫らしからぬイロン。 けれどそれは、この国にあって変わった形で王妃の座におさまった妃にはお似合いの相棒であった。 妾の子として身分を隠し辺境の村で育った王と、同郷の娘。 そんな平民の娘を妃に迎えることなどこの国にとっては前代未聞のことで、到底許されることではなかった。 けれど王からの寵愛を一心に受ける娘は、許さぬと叫ぶ者たちを前に堂々と言った。 王には私が必要だ、私の存在がなくば死と飢餓と怨嗟がこの国を襲うことを私は見た。 いまから力の全てをもって3つの予言をする、それに間違いがないと分かったあかつきには私を王妃にするようにと。 王を侮辱しているともとれる荒唐無稽なこの言葉に臣たちはおおいに憤ったが、娘が予見した天災と他国の内乱、そして隣国からの侵略は日にちまでも寸分の狂いなく的中した。 そしてその予言によって国の難事を切り抜けた功績をもって、娘は王妃の座についたのだった。 3つの予言に力の全てを使った王妃はそれ以降、未来を見通すことは一度たりともなかった。 そして平民の娘が贅沢と権力を覚えるとろくなことがないとの危惧を一蹴するかのように、驕ることなく慎ましやかに王妃は王の隣に寄り添い続けた。 そんな王妃がずっとそばに置き続けた猫、それがイロンだ。 王妃が世継とその妹を生んだ翌年、イロンは息を引き取った。 猫の最期に、王さえも寄ることを許さずひとり見守った王妃は、その埋葬ののち側仕えの侍女にぽつりと昔話をしたらしい。 それは毎年村祭りに誘ってくれた隣家の長男に関する話だったようで、幼い頃の王の話なのだろうかと聞いた侍女に王妃は首を振って言った。 これは彼からの最後の誘いを受けなかった後悔と、そして約束への感謝の話だと。
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