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白と金を基調に整えられた客用の応接間の一室。
夏の日差しがまばゆいテラスからはやや遠く、影にあたる位置に長卓と椅子がある。
ゼローナ全土を華々しく駆け抜けた王太子夫妻の結婚式の話題は、まだ充分に民草や貴族の間で交わされていた。
それはここ、首都の小高い丘陵地にそびえる王城ではなおのこと。王太子の凛々しさも初々しい王太子妃のうつくしさも夢のような余韻をもって、人びとの胸をうっとりと幸福感で満たしている。
王家の慶事をここまで喜べるのもまたとないことだと、羨む他国からの賓客へは礼を尽くした宴でもてなし、それぞれに満足顔でお帰りいただいた。
無論、ついでに種々の外交案件もゼローナ主導の形で片付けてある。
現在、そんな一段落した王城で、涼しげに藍色の髪を結い上げて口元に扇を寄せるのはイゾルデ・ジェイド女公爵。
将軍でもあるかの女性は、娘が王太子妃に立ったばかりとあって、太子夫婦が新婚旅行を兼ねた外遊に赴くまではと滞在期間を伸ばしていた。これから北の領地へと戻るところだ。
いっぽう、にこにこと相対するのは赤みがかった巻毛の壮年男性で、体型はふっくら…………もとい、福々しい。ひとの好さそうな面差しのミュラー・エスト公爵である。
東の良港を有する根っからの商人気質とあって、その笑顔は抜け目ないものの、両家にはとくに確執はなく、反目はない。また、格段の繋がりがあるわけでもなかった。これまでは。
イゾルデ側の立会人が一名、こほん、と咳払いをした。
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