14 マリアン、あやうし

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 いっぽう、塔の中。  無双かと思われたトールは、意外にも大人しく過ごしていた。ざわり、ざわりと触手めいた層を分厚くしてゆくマリアンに、相も変わらずシェーラを抱き寄せたまま。いっこうに攻勢に出ない。  マリアンも焼かれるのはご免なのか、積極的には近寄らなかった。いわゆる膠着状態が続いている。 「で、どうする? 転移できないのなら。枯らすことはできないのか」 「やだよ、勿体ない」 「そういう問題……ッ、うわ!?」  万事休す。またしても突然飛来した蔓草に、危うく顔を叩かれるところだった。  トールはやれやれと嘆息し、寸でのところでこれを掴み取る。案の定、先端だけを燃やしてしまった。 “――――ヒィアァァァァ!!!” (まただ……。女の叫び声みたいな)  シェーラは、ぎゅっと目を瞑った。耳をつんざく思念の残響には頭痛すら覚える。  トールのやり方は、はっきり言ってむだに残酷だし、中途半端で危険だ。場合によっては火傷や火事さえ引き起こしかねない。  そのことを渋面で咎めようとすると、トールから「めっ」と甘く(たしな)められた。ご丁寧に唇に人差し指を当ててくる。 「だめだよシェーラ。マリアンを安易に刺激しては。ほぅら、躍起になって君を攻撃してきたじゃないか」 「おかしい……。どっちかといえば、花にさんざん無体を働いたのは貴方だろうに。なぜ、私ばかりが煽りを食らうんだ? 納得いかん」 「まぁまぁ。それについてはあとでゆっくり。――ええと、枯らさないか云々ってやつだっけ。出来るけどやらない。それより、()()()()()()()()と思う」  眠らせる。花を……??  シェーラは怪訝そうに眉を寄せた。  トールは愉快そうに肩をすくめる。 「子守唄でも歌うのか」 「まさか。そんな呪歌があっても面白いとは思うけど」 「貴様! もっと真剣に」 「やだなぁ。僕は大が付くほど真面目だよ。ね、君。試してみる価値はあるんじゃないかな。暴走したこの子に、これを――」  言うや否や、ひらりと宙に手を閃かせる。  すると、そこにはさっきまでなかったモノが収まっていた。  シェーラは、今度こそ胡散臭そうに顔をしかめた。 「…………正気か」 「もちろん。さ、どうぞやってみて。君のいう『ジハークの(まじな)い』を。手加減は一切要らないから、さらさらっと書いて見せてよ」 「知らんぞっ!? どうなっても」  大きさは試験管ほど。封をされた細長い瓶の中に小筆が一本。その筆先を浸すほどの分量で、黒っぽい液体が揺れている。  それは、シェーラの荷物からとうに押収されていた。“眠れる美女の魔法薬”の生成に欠かせない、特別な呪具だった。
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