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「あー、早く休みになんないかなあ」
「ハルナ、始業式の日からずっと言ってるよな。その台詞」
「なんなら長期の休みが始まった瞬間から次の休みが楽しみだもん、わたしは」
「どっか旅行に行く予定でもあるのか?」
「ないね。昼まで寝ていられて、学校に行かなくていいのがラクじゃん。ただそれだけだよ」
「ふーん」
学校までの道すがら、いつも通りの他愛もない話の中で、わたしはタカユキのその反応が引っかかった。わたしの目立った大きな予定がないということを知って安堵しているような、そんな雰囲気を匂わせる「ふーん」だったのだ。
「なによ、なんかあんの」
「いや、ない。毎日存分に寝坊するがいいさ。おれは困らないし」
「なにそれ。言っとくけどわたしだって、大きくはないにしてもそれなりに予定っていうもんがですね———」
「クリスマスは?」
「え?」
足を止めた。単純に、赤信号で止まっただけ。タイミングが良すぎて思わず笑ってしまいそうになったけど、タカユキは笑っていなかった。
わたしがいつまでも返事をよこさないのを見て、タカユキはもう一度はっきりと訊いてきた。
「だから、クリスマスはどう過ごすんだよ。ハルナは」
「え、あー、いや……別に」
「何もないのか?」
何もねえよ。誘うなら早くしろよ。相手があんたなら断らないから。
ぴちぴちの食べごろの魚が目の前のまな板で寝っ転がってんだろうが。さっさと喉元掴んで食いちぎってみせろ。
「まあ、わたしは今んとこ、マイコとかナツミとパーティーするかーって話はしてるよ」
「そうか」
え。そんだけ?
ってかなんでウソ言ったの、わたし。マイコもナツミも、クリスマスは彼氏と遊ぶって聞いたばっかなんだけど。だからいつの間にか自分だけが"ぼっち"だったのがショックで「女の子でいられるうちに死にたい」とかお花畑なことをほざいてたんですけど、朝っぱらから。
まあ冬のこの土地の外で寝たら嫌でも冷凍保存されるだろうし、いっそ春になるまで庭先でカチンコチンに氷漬けになっていようかな。その間だけ老化が止まったりしないかな。
あらためて平静を装いながら、わたしは訊ねた。
「なんでそんなこと訊いたわけ」
「別に。なんだかんだ言ってハルナは友達と遊んだりすんのかなーと思ってたけど、やっぱそうなんだな」
「タカユキは、どうすんの」
妙におっかなびっくりな口調になっちゃって、焦っているのを悟られないか不安だったけれど、タカユキは力を抜いた笑いを浮かべたままで言った。
「おれは、何もないよ。家で本でも読んで過ごすさ。街中はどうせ死ぬほど混んでるだろうし」
「そうね。それがいいんじゃない。家にこもって広辞苑でも頭から読めば?」
「おまえさ、自分は友人といられるからっておれのことを貶めすぎじゃないのか」
「へっへっ」
ったく、と呆れたように笑うタカユキは、きっとわたしが女友達と楽しく過ごすクリスマスを想像しているのだろう。
そんなもん全部偶像だ。妄想だ。ホログラムだ。本当は何もないのに。
タカユキだって、何もないらしいのに。
じゃあ、もしもわたしが誘ったらOKしてくれたのかな、こいつ。
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