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授業を上の空で消化した。そして午後イチ五限の古典は「お腹が痛い」とウソをついて保健室へ逃げた。親に告げ口されたらぶっとばされそうだけど、どうしようもなくかったるい時は、たまに使う技だ。
どうやって切り出せば、わたしがクリスマスを孤独に過ごすことを、タカユキにカミングアウトできるだろう。
というか、中学生くらいの頃に約束もしてたんだけどな。お互いクリスマスに過ごす相手がいない年は一緒に遊ぼうよ、とか。それから今年までは、なんだかんだどちらも家族や友達と過ごしていたから、それを実行したことはまだないんだけど。
だとすれば、今年なんじゃないのか、それって。でも、なんか恥ずかしくて今更言い出しにくいな。もしもあいつがあの約束をしたことすら覚えてなかったら、負けた気がして嫌だし。
アホみたいなことを考えていたら、二限でふと気づいた時にノートを取っていない部分の板書を教師が黒板消しで力強く消した場面を目の当たりにした。
それからはずっとやる気が起きずに気づけば午後を迎えていたわけで、そして今は五限の真っ最中なのに、わたしはこうして保健室で寝っ転がっている。今日は職員会議があるので、五限で授業が終わる日だった。
つまりわたしの今日の学業の時間は、午前中に四限が終わった時点で自動的に終了していたということになる。
一秒、また一秒と未来が近づいてくる。
やがてその未来が「現実」に変わって、指先に触れたその瞬間、わたしは愕然として膝を折り、慟哭するのだろう。
わたしはどう頑張っても、誰かの特別な存在になれない。わたしが相手を特別だと感じていても、相手は絶対にわたしをその場所に据えてくれない。どうしてもぐらぐらとゆるゆるとしているとき、間に噛ませる小さなワッシャー。誰かの安定を支えるためのわたしは、もう決して表に出てこられない。そのことを思い知るのが怖くて仕方ない。
考えれば考えるほど恐ろしかったけれど、もしかしたら、こんなわたしでもその未来を変えられるかもしれない。
今になってそう思うに至った理由は、たったひとつ。
空気。蛇口をひねれば出てくる水。スイッチを押せば空間を照らす光。雨風を凌げる場所。
わたしを特別だと思ってくれているであろう、ずっと近くにいた幼馴染。
タカユキ。
今が一番、女の子でいられているわたしなら。
漢字三文字の関係性など粉々にしてどろどろに溶かして、二文字に作り直せるかもしれない。
そう思った。
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