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***    一応はお腹に手をやりながら校門をくぐる小賢しい演技までして、わたしは学校を出た。直前まで保健室で寝ていたのにそれでも掃除を免除されなかったのは腹が立ったけれど、実際は元気そのものなのでこなさざるを得なかった。汗のひとつもかかなかったから、まだ具合が悪いと言ったところで信憑性に欠けると思ったのだ。  まっすぐ帰るのが嫌だったので、地下鉄に乗って、家とは反対方向の都心部に進み入った。お金があるわけじゃないし、一人だから特に何もやることはないにしても、人のたくさんいるところをうろつきたい気分だった。帰ったところで、特にすることもない。タカユキも朝に、今日は放課後に委員会があるんだ……と言っていたし。  駅ビルの中の雑貨屋を適当に冷やかした。恋人へのプレゼントに、とかそういうPOPは片っ端から裏返しにしたりビリビリに破いたりしてやりたかったけど、いざ自分がそれを考えるときの判断材料がなくなるので思いとどまった。別に彼氏が今まで一人もいなかったわけじゃないけれど、もしもそうなったのなら、ちゃんと考えて考えて考え抜いたものを贈りたい。ってかよく考えたら、これまで付き合った男子とは、クリスマスまで仲を保ってたことがそもそもない気がする。人のことをサブスクみたいに簡単に解約しやがって。もう二度と再登録なんかさせてやるもんか。永久BANだ、おまえなんか。  そうやってブラックリストの名前は増えていくのに、わたしにとって大切な存在を書き記すべきリストは、今も雪原のようにまっさらなまま。そこに刻み込みたい名前はもうわかっている。けれどペン先はぴくりとも動かせない悲しさ。この期に及んで自分が弱気過ぎて情けない。  はあ、とため息をつきながら、わたしは何の気なしに背の高い棚の向こう側に目線をやった。  今日の朝はもっと近くで眺めていた横顔が、遠くに見える。  今頃は学校で委員会に出ているはずの存在が、何故かそこにいた。  最初こそ、朝のときと何も違わない、と思った。  チェック柄のマフラーも、少しつんと立たせた髪も、ちょっとくたびれはじめた黒いリュックも、朝と同じ。  違ったのは、ひとつだけ。  隣にいるのがわたしではなく、違う女だってこと。  いま、タカユキはわたしが着ているのとは違う制服を着た女子と、香水のショーケースの前でテスターの香りを嗅いでいた。あれは、隣町の進学校の制服だ。味もそっけもないただのセーラー服。  わりと背の高いわたしと違って、その女子の背はタカユキと比べて頭ひとつくらい小さい。顔は横顔すら、怖くて見られなかった。もしも顔がわたしより可愛かったら、もう立ち直れない気がした。店内のBGMはそこそこうるさい音量で鳴っているのに、笑い声が微かに混ざって聞こえてくる。タカユキの声も、相手の女子の声も。  笑っている。  わたしではなくて、違う女に向かって、笑いかけている。 「クリスマスは   で      しようね」  途切れ途切れで聞こえてきた相手の女子の言葉に、タカユキは嬉しそうに頷いていた。  え、クリスマスもあんたと一緒に過ごす気なの? その女。  おかしくない?  どうして? わたしはやっと、自分の感情に気づいたのに。  それに、あんただってわたしのことが好きだったんじゃ――。  棚の陰で立ち尽くすわたしの存在などまったく気づかないままで、二人は店を出て行く。まだ、目の前で手を繋がれたりとかしなくてよかった。何をしていたかわからない。その時は力いっぱい向こう側へ押し倒してやろうと思っていた、棚に添えた手を下ろす。  どんなに奥手だろうとなんだろうと、付き合っていれば学校の外では手くらい繋ぐだろう。そうでないのなら、仮に恋していたとしても、愛するまでは行ってない? わからない。  どちらにしても、認められない。呑み込めない。赦し難い。  うじうじしている間にも、少しずつ二人の後ろ姿が遠くなっていく。  だめだ、行かなきゃ。  彼がわたし以外を「特別」にしてしまう前に。  結果が出るのを、待ってちゃだめだ。  二人のことを追いかけて、女のほうだけ蹴落として、ソリを乗っ取らなければ。    彼に、あの日の約束を守ってもらわないと。簡単なことだ。  彼と一緒に過ごす相手が、わたし以外に誰もいなくなればいい……ってことだし。  ゆらりと棚の陰から通路へ出た。  あの二人がどろどろに溶け合うよりも早く、粉々に砕いてやる。  わたしはゆっくりと二人を追いかけはじめた。 /* end */
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