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2082年11月25日
その日。
施設へと戻る夕暮れの帰り道。
冷たくなった風が、落ち葉を揺らしカサカサと乾いた音を立てていた。俺はスボンのポケットに凍えた両手をつっこみ、寂しげな裏道を足早に駆けて帰路を急いだ。毎日の特殊な研修に疲れていた。早く帰って熱いシャワーを浴びてベットに体を沈めたかった。そんな事しか考えてなかった俺は、ただひたすら毎日を急いで駆け抜けていた。
この世は人工知能によって管理する者と管理される物で区別された世界。その中でさらに俺のような身寄りのない者は特殊な物として育てられた。制限された地域、施設の中で暮らし研究室に通う特殊な環境。そんな生活を小学生の頃からずっと続けていた。研究室では特殊な技術をずっと叩き込まれ、13歳になったこの時は、人工知能につける管理システム『神の鎖』と呼ばれる物の設計に携わっていた。
楽しみはなかった、だけど不満もなかった。管理された場所で、食うもの、着るもの、住む場所を提供され、ずっと一人でそんな生活を続けていたから。知りようがなかったのだ。ツナグと出会うまでは……
その日も、ただ早く帰りたいその僅かな思いだけで帰路についた。施設の入り口で守衛の若い男に挨拶される。名前は知らない。
「お疲れさん」
「……ども」
守衛と言っても実質はただのお飾りで、管理は全て人工知能がやってくれる。本当は守衛なんていらないのだが、管理者はやる事がないので……
研究施設の外には雑木林に囲まれた大きな公園がある。公園への階段を降り広場を突っ切り、住宅街の裏道を抜けていく。
裏道を抜け施設に入る手前のゴミ捨て場。いつものように、はみ出したゴミを飛び越えた時に、キラリとゴミ捨て場の奥が光ったような気がした。光はガラスが夕日を反射したものだった。小さな柴犬、本物のように見えるが背中や耳の破損部分から機械のパーツが覗き、足はだらりと変な方向に曲がっていた。そして潰れ出た眼球のパーツが夕日を照り返しこちらを見つめていたのだ。
どこかでカチッと音がした気がして「俺には関係ない」と目を瞑ってその場を走り去った。朝決まった時間に起き、食堂で管理された食事を摂り、研究所で1日過ごし、夜帰り食事を摂り、少しの音楽を流し、リセットするように眠る。これが、俺の全てで、それ以外は邪魔な物だ。悪くない。満足している。これでいい。帰路を急ぐ。
だがその日は、暗い部屋に戻っても落ち着かなかった。自室の洗面でありったけの水を出して頭からかけた。体の奥底に流れるドクドクという音が頭の中に響く。
見た事ない犬だった、そして誰が捨てたかは分からないが、激しい暴力を受けていた事がその傷から感じ取れた。取れかけた耳、潰れでた眼球、密度の濃い本物そっくりな体毛は剥がれ落ち、足や手が変な方向に曲がっていた。あの破損具合では、もう長く持たないだろう。
ひたすら顔を洗い続けた。それでも体の奥底から拭えぬドロリとした感情が迫り上がって来た。怖かった、得体の知れないあいつが、そして自分自身が……
嗚咽が止まらず俺は壁を叩きつけた。
「何でだよ。ちくしょう!」
水が勢いよく流れていき、その音が響き体に叩きつけられる。
そのままどれぐらいの時間が経っただろうか。
俺は気がつくとゴミ置き場の前に立っていた。
そして泣きながら小さな体と剥がれかけた毛をそっと抱え施設に持ち帰った。
「誰がこんな酷い事を……」
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