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俺は傷ついてない左手を出して、そいつを撫でた。
これで、左手も本気で噛まれたらお終いだ。だがそんな恐怖より、こいつの震えを見ていると自然と手が出てしまった。
「大丈夫だ。こっちにこい、な」
俺は遠のく意識を必死に繋ぎ止めて、そいつをもう一度抱き寄せた。もう、噛んでは来ない。代わりに小さく丸くなり震えていた。胸に抱いて腰を下ろす。動く力がなかったのは、こいつも俺も一緒だ。俺は動かなくなった、そいつの左足を撫でた。足裏に何か書いてある。文字が薄れはっきり見えなかったが、「TSU」「NA」「GU」の部分だけ読み取る事ができた。
「……ツナグ」
そいつは、ゆっくりと頭を上げると、小さく「ワン」と吠えた。
動けなくなった俺は、ツナグを抱きかかえそのまま崩れ落ちた。
「ツナグ。助けるから…… 俺が……」
ツナグが小さく「クゥ〜」と鳴いた。
俺は膝の上にツナグを乗せて手を伸ばし端末をメインブレインに繋いだ、暴走の嵐が収まりシグナルは弱かったが正常に作動をしていた。
「良かった」
メインブレインの機能に異常はなさそうだ、解析が進むと微かに音が聞こえて来た。女性の声だ子守唄の様だった。ツナグの昔の飼い主との思い出だろうか? 聞いたことのない曲だったが俺は一緒に聞いて心を落ち着かせた。そうか、昔は大切にされてたんだな。その後、何があったのかは分からないが、せめてこの時は幸せだったんだな。
一緒に口ずさみツナグを撫でる。ツナグのシグナルが安定する。
「いい曲だ」
そう呟くと同時に俺の目の前は暗くなって行った。
次に気がついた時は、もう朝がだいぶ近づいていた。
抱えたツナグに呼びかけてみたが返事はなかった。端末には弱々しいシグナルが残っている。
どうする?
このまま、研究室に誰か来たらこの状況を説明しなければならない。そうすれば間違いなくツナグは処分。俺も研究職を剥奪され、施設からも放り出されるだろう。命は助かると思うが、その先は闇だ……
本当なら、ここを綺麗にして一度部屋に戻りたい所だが、この体調で部屋まで歩いて帰れる自信はなかった。それに『神の鎖』をつけずにツナグをこの研究施設から持ち出すとメインブレインが他の人工知能の連動監視によって破壊されてしまう。切れかけた『神の鎖』をもう一度つける事はできるが、ツナグが何かの拍子に暴走して切れたら終わりだ。
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