婚約

4/9
前へ
/324ページ
次へ
 「申し訳ないが、一目惚れの経験がないものでね」 「二人してつまんない青春送ってますねぇ」  余計なお世話である。恋愛だけが青春ではない。  扉が開いた。今度は静かに。 「只今戻りました」  艷やかな真っ黒い髪が、扉の閉まるに伴って押し出された風に揺らされる。釣り上がり気味の切れ長な目、薄い唇。  整いすぎて嫌味なまでの美貌には、アルカイックスマイルすら浮かんでいない。    いつも通り無表情な麻上圭(あさがみけい)の登場である。どう見てもランデブーの後とは思えぬ。  圭に視線を向けられた陽次は、ぎこちなく笑った。 「よ、よぉ、早かったな」  圭は視線を隼人に移し、話があります。と、堅い声を出した。 「申し訳ありませんが、席を外して頂けないでしょうか」  お願いというよりも、命令の口調であった。 「いいじゃねぇかよ、恋の相談は親友にってのが、青春のお約束だぜ」 「恋の相談ではありません」 「じゃ、なんだよ。あの子の話じゃないのか?」  視線が逸れた。話とは、少女が関わっているのだろう。 「席を外しては頂けないのですね」  陽次は、あぁ。と、力強く唸った。
/324ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加