君が死ぬ夏祭り

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 冬の体温が及ばないほど鋭い寒さなんかより、夏の夜に吹く生温い風のほうがずっと人肌の恋しさを想起させると思う。行列が生えている焼きそばの屋台から、ほんのすこし、真夏をぎゅっと凝縮したような匂いがした。  隣を歩く結月は、頭よりも大きい綿菓子の端っこを口で溶かしながら、喧騒よりも一段階大きな声で「次、何食べる?」と言った。 「結月は何がいい?」 「じゃあ、ベビーカステラ」 「はあい」  この夏祭りに来るのは今年で二回目だった。会場は去年来たときよりもたくさんの人で賑わっているような気がする。あの日僕が「来年も絶対に来よう」と言ったときの、結月の困ったような笑顔をいまでも鮮明に思いだすことができた。  すぐにでも零れてしまいそうな、「手、繋ごう」という言葉を僕は必死に飲み込むしかなかった。結月の手は小さくて、たぶん、小学生のころに自由研究で作った、夜空色のスライムに感触が似ていたと思う。  なんとなく視線を移動させた先で目が合ったとき、結月は朝日が山から顔を出すみたいに笑った。肌のたしかな柔らかさが脳裏をかすめるたび、彼女を思いっきり抱きしめてしまいたくなる。真っ黒な瞳に、頭がきーんとするようなハイライトが乗っかっていた。  この祭りが終わったとき、彼女は死ぬ。彼女自身はそれを知っているのかもしれないし、本当に知らないのかもしれなかった。僕の想像で彼女の思考を補うことはできない。とにかく、彼女との約束を果たす必要があった。  結月と花火の話をしているとき、大きな黒目をした子どもと目が合った。僕とすれ違ったあとも、子どもの丸い目はずっとこちらに向けられている気がした。一年前の夏祭りのことを思いだした。
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