君が死ぬ夏祭り

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 花火が打ち上がる直前だというのに、数メートル先にベビーカステラの屋台を見つけてしまったから困る。隣にいた結月が、「あった」、明るい声で言った。「うん」、返事をした拍子に結月の輪郭がほつれた気がして、慌てて手を伸ばす。僕の手は空気を掴んだだけだった。 「あ」  その瞬間、身体が痺れるような音とともに、空に満天の花火が咲いた。視界が少しずつぼやけていくのを感じる。潮時だった。あのとき結月が取り付けた約束を、ここで果たさなければならなかった。  結月が死んだ。そう聞かされた瞬間から僕は、結月が死を迎えることがないよう、ずっとずっと彼女の虚像を作り続けてきた。でも、結月との記憶はこの夏祭りで終わっている。記憶が途切れれば僕は結月の姿をこれ以上作りだせず、彼女がいなくなった事実に絶望することになるだろう。そうすれば結月は死んでしまうに違いなかった。  破裂音は続いていた。覚悟をしてきたはずだった。それなのに、絶望するのが怖い。本当に彼女を失ってしまったら、自分がどうなるのか想像も付かなかった。やめてくれ、と思う。絶望せずに引きずって生きることがそんなに悪いことなのだろうか。  絶望なんかではなくて、結月を失うことそのものが僕に死をもたらそうとしているように感じる。彼女の言うとおり、僕は精神病だった。心を持つことは崇高なことなんかではなくて、それ自体が人を死に至らしめようとしている。  花火は眩しくて、暖かい色をしていた。 「――だから、約束。私が死んだらちゃんと絶望してね」  今度は、はっきりと声を聞いた気がした。結月はもうどこにもいなかった。幻聴ではなくて、かといって結月が生き返ったわけでもなくて、声は脳のちょうどまんなか、結月との記憶をきっちり整理して収納していた部分から響いていたようだった。  絶望はたしかに人を殺す。結月の両親や友人は、彼女の死に絶望し、「結月が死んだ」ことを受け入れたようだった。受け入れられて初めて結月はその人にとっての死を迎える。結月が医学的な死を迎えたとしても、自分は冷静でいられると思っていた。花火は最後の一輪を迎えようとしていた。  人の死を受け入れることは、朝起きたばかりの眠気と同じようなことだと思う。一気に起き上がらなければ、眠気と別れるのは難しい。  空気は煙の匂いがした。ベビーカステラの甘い香りはしなくなっていた。絶望は死に至る病であり、前を向くための儀式だった。
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