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 それからぼくは、ちょくちょく北王大学に顔を出すようになった。  あの日話しかけてきた男の人(名前はいまだに聞いてない。ハカセだって言ってたから、ハカセって呼んでる)は、講義や実験の合間に、工学部棟の外の喫煙所に現れる。  だからその前で待っていれば、ハカセに会えるんだ。 「また来たのかよ、少年」  ハカセはぼくを、『少年』とか『おまえ』と呼ぶ。  向こうも、ぼくの名前を聞いてこない。名前どころか、何歳かとか、なんで学校に行かないのかとか、親は心配してないのかとか、そういうことも聞いてこない。  ただひたすら、研究の話とか、実験の話とか、最近の学生にはついていけない……みたいなグチとかを、ぼくは夢中になって聞いていた。 「ハカセ。昨日言ってた実験は、上手くいったの?」 「いやあ、それがなあ。レーザーの調子が悪くて、そもそも実験ができなかった」 「何それ」  クスクスとぼくが笑うと、ハカセはフッと目を細める。  ハカセの専門は、物理学──中でも、光を使う学問らしかった。 『光を使って、宇宙の見えないものを見る』  そんなふうにハカセは言っていたけど、ぼくにはよく分からない。  分からないけど、ハカセが宇宙について語るのを聞くのは、すごくワクワクして楽しかった。 「少年。宇宙人はいると思うか?」 「えー……いないんじゃない?」 「なんでそう思う?」 「なんでって……だって、誰も見たことないんでしょ? 幽霊とかと同じ、人間が想像した存在ってことじゃん」 「なるほど、確かにそれはそのとおり」  ハカセはくっくっと楽しそうに笑う。  ハカセはいつも、ぼくの言うことを否定したりはしなかった。  ──そしてそれは、初雪の降った翌日のことだった。  その日の昼、ぼくは大学に行かなかった。  でも夜になってから、もしかしたらハカセに会えるかもしれない、と思って、暗くなった大学に初めて忍び込んだ。  街灯がぽつぽつと灯った、人気のない真っ直ぐな道を、工学部目指して歩いていたとき。 「少年」  前から歩いてきたハカセは、ひどく驚いた顔で、ぼくを呼んだ。  ハカセはまっ黒なダウンジャケットを着こんでいたけど、慌てたように脱いで、ぼくに着せてきた。  ぼくの全身をすっぽり覆ってしまうそのダウンジャケットは、タバコの臭いがしみついていたけど、すごく温かかった。 「前に、遅くまで大学にいるって言ってたから……来てみたんだ。よかった、会えて」 「……おまえ」  ハカセは何かを言いかけたけど、結局何も言わなかった。  その腫れたほっぺはどうしたとか、なんで裸足なのかとか、いろいろ聞かれるかと思ったけど、ハカセは何も聞かなかった。 「ハカセは……」  言うべきじゃないって分かっていたのに、ぼくの口は止まらなかった。 「ハカセは、人を殺したいって思ったこと、ある?」  ぼくの質問に、ハカセはなぜか、泣きそうな顔をした。
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