14人が本棚に入れています
本棚に追加
何度も浮気はしたが、紗和と別れるつもりは毛頭なかった。彼女は絵に描いたような文学少女で、初めはそんな部分に惹かれた筈なのに、寡黙な彼女と過ごす時間はやがて苦痛に変わり、サブカル気取りという感じがどうにも鼻について仕方がなかった。
「透君、『歌う骸骨』って話、知ってる?」
「んー。詩的なタイトルだね」
スマホを弄りながら話半分に返事をする。
この手の話題には「詩的だね」「文学的だね」「哲学って感じだね」の三択で乗り切るようになっていた。
僕には、バラエティ番組で大笑いしたり、好きなバンドのライブで盛り上がったり、クラブではしゃいだり、気楽な時間を共有出来る相手のほうが合っているのだ。
紗和が感情を表に出さないのも僕を苛立たせたし、怒るべき場面でだんまりを決め込むのも嫌いだった。喧嘩にすらならない。本心がわからない。
一つ下の弟が婚約したと聞いて兄としての面子を保つために慌ててやったプロポーズだったが、結婚相手は紗和以外に考えられなかったのも本当だ。
矛盾しているようで、どちらも真実なのだ。
紗和は何だかんだ言って僕を尊重してくれる。色んな女性と付き合ったけれど、平穏な結婚生活を送る想像ができるのは紗和だけだった。
それは何より大切なことじゃないか?
紗和にとっての僕も、そういう相手だったんじゃないのか?
沈黙から数十秒、当の彼女はまだ黙りこくっている。
ついに参列者がざわめき始める。
神父が責めるような眼差しで僕を見つめる。
式場スタッフが駆け寄る。
「御新婦様のご様子が心配ですので、一度、控え室に戻られませんか?」
スタッフの言葉に同意し、「そうしようか、紗和」と言った。
彼女は沈黙し、まるで人形、死人のように動かない。知らぬ間に彼女の肉は削がれ、魂は抜け、ここに立っているのは花嫁衣裳を着た骸骨であるまいか。
そんな想像をした瞬間、脳味噌の記憶を司る部位に挟まった幾つもの栞うち、一つがすうっと何時かのページを開いた。
途切れた走馬灯がふたたび回りだす。
最初のコメントを投稿しよう!