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【 紗和 】
透君と知り合ったのは大学二年生の秋と冬のあいだの季節。
哲学の講義で一緒だったしぃちゃんが紹介してくれた。
彼はすごく明るくて、所謂『陽キャ』って雰囲気。しぃちゃんに誘われた飲み会で透君と会ってすぐ、彼はしぃちゃんがお目当てなんだろうなって思った。
その夜に彼から「付き合おう」と言われたときは、内心、しぃちゃんに振られて私に乗り替えたのかな……と思ったけど、二十年間誰とも付き合ったことがないのがコンプレックスで、この負の歴史にピリオドを打てるなら彼でもいいかなって、軽い気持ちで首を縦に振った。
だから、彼のアパートになぜだか歯ブラシが二本(私の分ではない)が置いてあるのも、しぃちゃんにおすすめされた化粧水があるのも、ごみ箱に使用済みのコットンが捨ててあるのも、どう受け止めていいかわからなくて戸惑った。
もしかして透君は私に気付いて欲しくてわざとやっているのかな。
それとも天然で大雑把過ぎるのかな。
わからないから、とりあえずは無言を貫いてみる。
沈黙は金、雄弁は銀。
「紗和。何か怒ってる?」
その質問は難しいので、ただ微笑みを返した。黙っていれば相手が勝手に想像して答えを出す。
沈黙は金、雄弁は銀。
透君が出した答えはクリスマスイブに判明した。
A.紗和は何も気付いてないから、浮気しても問題なし。
よりによってしぃちゃんとデートしている現場を目撃してしまって、情けないことに、私の沈黙はいとも簡単にぷつんと切れてしまった。
雄弁は銀。雄弁は銀。雄弁は銀。
あれは失態だ。反省。
もう二度とやらない。
透君が必死の形相で「許して欲しい」と謝ってくれたから溜飲は下がったし、私も彼と別れたくはなかったから、この話はこれでおしまい。
もっと楽しい話をするね。
初めて彼氏ができて、私は些細なことにいちいち一喜一憂した。何より嬉しかったのは透君がくれた「紗和は本から抜け出したお姫様みたい」という言葉。
お姫様だって。気障なんだから……とか何とか返事をしつつも心臓は素直にドキドキと高鳴った。
だって私、小学校時代のあだ名は『骨格標本』。
無口、無表情、色白で、痩せていたから。座右の銘が決まったのもその頃。何か言えば気持ち悪がられて、揚げ足を取られて、悪いように解釈されるのが嫌で、口を閉ざした。中学も高校も陰気だって遠巻きにされていた私を、そんな風に褒めてくれたのは彼が初めて。
透君、大好き。
好きで、好きで。
嫌われたくない。
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