【 紗和 】

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 私は昔から人付き合いが苦手で、退屈と孤独を埋めるために読書に逃げていたら、何となく文学部を受験する流れになって、でも大学生のノリにはあまり馴染めなくって、よく大学図書館で時間を潰していたんだけど、それが透君の目に留まったんだって。  ある日借りた民話の本で『歌う骸骨』という伝承を読んだのは、大学生四年生だったかな。骨、ね……苦い記憶を刺激された所為でいやに記憶に残った。  日本各地にある民話だそうで、昔々、歌の名手だった村人が、その才能を妬んだ男に殺されるくだりから物語は始まる。  男は村人の死体を隠し、そしらぬ顔で暮らし続けるのだけど、やっぱり殺した村人のことが気になって死体の在処を訪れた。すると埋めた辺りから美しい歌声が聞こえ、声の主はなんと、埋めた頭蓋骨。男は掘り起こした髑髏を持ち帰り、あちこちで歌わせ、商売で大儲けしたというのだから剛胆だ。  その評判は藩主の耳にまで届き、あるとき男は城に招かれた。男はいよいよ張り切って、いつものように髑髏を藩主の前に置いたのだけど、髑髏は沈黙するばかりで一向に歌う気配がない。  それで藩主は「法螺を吹くなどけしからん!」と大激怒し、男はその場で首を刎ねられてしまった。  一部始終を黙って見ていた髑髏は、突然口を開き、「私はこの男に殺された者です。これでようやく恨みが晴れました」と喋り、それきり二度と喋ることはなかったという。  そういうお話。  骸骨は、手を汚さずに口を閉ざすことで復讐を遂げたのだ。なんて慎ましい。まさに沈黙の勝利だよね。  ……尤も、復讐なんて私には無縁の話だけど。  透君と久々にレストランでデートの約束をしたのは、二十六歳の誕生日。私は仕事を定時で終わらせて、彼との待ち合わせ場所に走った。透君から漂う、いつもと違ったフローラルな香りに胸が早鐘を打つ。 「ありゃ透君。こないだぶりぃ」  入るなり、気さくそうな店員が挨拶をした。……初めて来るような口ぶりだったのに、前にも来たんだなぁと思った。  お店の素敵なBGMのお陰で、弾まない会話もお洒落な“間”に見せかけてくれる。 「あのね」と勇気を出して切り出す。 「……何?」 「透君、毎年フェスに行くでしょ。私も今度行ってみたいな。ライブでもいいし……」 「いつも一緒に行ってる友達に悪いから、遠慮してよ。それに音楽に興味ない紗和と行っても仕方ないし」 「そうだよね、ごめんね」  沈黙は金、雄弁は銀。  そう心の中で繰り返してみるけれど、本来の意味からはとうにかけ離れた張りぼての呪文に成り下がってしまっている気がする。 「なあ、そろそろ結婚する?」 「え?」 「結婚」 「…………」 「入籍日いつがいい?」 「えっと。記念日……とか?」 「そしたら大分先じゃん。先に挙式だな」
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