まぼろしの落ち葉

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まぼろしの落ち葉

秋も深まった平日の午後。 無職の順太とアルバイトを掛け持ちする亜美はコンビニで肉まんを買って公園のベンチに座った。   隣のベンチでは老夫婦が孫の話をしていて、向かいのベンチではサラリーマンが居眠りをしていた。 砂場では小さな子どもを連れた若いお母さんがスマホを見ている。   公園には、一本の大きなケヤキの木があった。ハラハラと落ち葉が舞っていた。 「おまえが先に食えよ」   順太は、肉まんを亜美に渡した。 亜美は両手で肉まんを持って指先を温めた。 亜美が一口かじったとき、公園内に高校生くらいの男の子がやってきた。 ジョギング中なのか、半袖のTシャツを着ていた。 高校生は、ケヤキの木まで来ると、木に手をついてストレッチを始めた。 「おいしい」   亜美が言うと、順太が「やっぱ冬は肉まんだよな」と答えた。 亜美は肉まんを三分の一ほど食べたところで順太に渡した。   そのとき、薄汚いトレンチコートを着た太った中年の男がやって来て、ケヤキの木を見上げた。   男は、天を見上げ両手を広げた。 男の上に落ち葉が舞う。男は深呼吸をすると叫んだ。 「お金だ!」   それから、黒いビニール袋を出すと、その袋に落ち葉を入れ始めた。 そばでストレッチをしていた高校生は、落ち葉を袋に詰める男を見ていた。 そして、おもむろにしゃがむと叫んだ。 「お金だ!」   順太と亜美は、口をポカンと開けたままその様子を見つめていた。 高校生は、腰に巻いていたパーカーを広げると、その上に落ち葉を集め出した。   そこに隣のベンチにいた老夫婦がゆっくりと近づいた。 「あら、お金じゃないの」 「わしらも負けていられん。ばあさん、エコバッグがあったはずだ」 「はいはい。持ってますよ」 「よし、年金だけじゃ足りないから生活費にあてるぞ」   老夫婦は、曲がった腰をさらに曲げて落ち葉を集めた。 寝ていたサラリーマンや、砂場にいた親子までもが落ち葉を「お金だ」と言って拾い始めた。   順太と亜美は、顔を見合わせた。 順太は、手にした肉まんを投げ捨てケヤキの木に近づき、落ち葉をつまんだ。 そして、亜美に落ち葉を見せる。 二人は、黙ったまま首をひねった。   自分たちにだけお金が落ち葉に見えてしまっているのだろうか。 そうだとしたら、自分たちだけ損をしてたまるもんか。 順太は大きくうなずいた。 「亜美、大きな袋をとって来い。一番大きな袋だぞ」   亜美は、すぐ近くのアパートまで走った。 亜美が走り去ると、順太は、落ち葉をかき集めて少し離れたところに山にした。 「これは俺のだからな。取るなよ」   人々に、にらみをきかせた。 亜美は、ゴミ袋とほうきとちりとりを抱えて戻った。 「おまえ、頭いいな」   亜美は、順太にほめられてうれしかった。 順太と亜美は、ほうきとちりとりを使って誰よりも落ち葉を集めた。   順太は、落ち葉を集めながら考えた。 このお金で何を買おうか。 そうだ、まずは引っ越しをしよう。 最新家電も買って、年末ジャンボの宝くじも五十枚くらい買ってやる。 おいしいものもたくさん食べるんだ。 亜美に肉まんを何個でも食べさせてやる。   夢中で拾っていたら、サラリーマンが順太の視界を横切った。 その方向に目をやると、サラリーマンが順太のゴミ袋からお金を盗んでいた。 「おいっ、盗んでんじゃねーよ」   順太は、サラリーマンの胸ぐらをつかんだ。 サラリーマンは、順太の血走った目に恐れおののいてつかんだお金を離した。 お金は、ハラハラと地面に散らばった。   そのお金を老夫婦がしめしめといった様子でかき集めるのを目にした順太の怒りは老夫婦に向かった。 「おいっ、じじい。くすねてんじゃねーぞ」   さすがに老人の胸ぐらをつかむわけにもいかず、順太は、老夫婦のエコバッグから片手でお金をつかみ取った。 「何やってんだ、この泥棒猫!」   順太は、老婦人に突き飛ばされた。 孫の話をしていた穏やかな老人はもういなかった。 「くそばばぁ」   今にも殴りかかりそうな順太を高校生が止めた。 「お年寄りに暴力はよくないですよ」 「なんだと、てめえ。ガキのくせに」 「順太! ケンカしている暇があったら、拾った方が早い」   たしかにその通りだ。 亜美の言葉に順太の怒りはしぼんだ。 あっという間に一面に広がったお金はなくなった。 見落としはないか、全員が視線を素早く移動させていたそのとき、小さな女の子の頭の上にひらひらと一枚のお金が落ちてきた。   それを察知した順太は、走った。 女の子は、手を目一杯広げて、お金が手の中に落ちてくるのを待っていた。 お金が女の子の指先に触れた瞬間、順太は横取りした。   意地悪な笑みを浮かべる順太を見て女の子は泣き始めた。 「ほら、泣かないの。仕方ないじゃない。これが現実よ」   母親は、泣きじゃくる女の子に困り果てていた。 全員が女の子の周りに集まると、順太に軽蔑の視線を送った。 「分かったよ。返すよ」   順太は、お金を女の子に返した。 その一万円で肉まんがいくつ買えると思ってるんだよ。 順太は、心の中で愚痴った。 「最後の一枚ですな」   トレンチコートの男が天を見上げて言った。 ケヤキの木は、最後の一枚を残してすっかり裸になった。 最後の一枚は、到底手の届かない場所にあった。   全員がその一枚を見上げていた。 誰もがその最後の一枚を狙っているということが一目瞭然だった。   たたずむ一行の前に北風がやってきた。 ピラピラピラと揺れる一枚。 落ちろ、落ちろ。 全員で願う。   最後の一枚が細い枝から離れて、宙を舞った。 全員が手を伸ばす。 しかし、一枚は風に飛ばされていく。 追いかける一行。 その先頭に立っていたのは、亜美だった。 「行け! 亜美!」   亜美は、誰よりも早く最後の一枚に迫っていた。 そして、地面に着地する寸前に、亜美はスライディングした。   追いついた一行が目にしたのは、手の中にお金を握りしめている亜美だった。   拍手が起こった。 亜美に抱きつく順太。 亜美は、称賛されているようで気分が良かった。 「さあ、みなさん、ご協力ありがとうございました。こんなにきれいになりました。落ち葉は、一か所に集めてください」   トレンチコートの男はそう言うと、軽トラにゴミ袋を乗せ走り去った。 「落ち葉拾い楽しかったね」   女の子はお母さんと手をつなぎながら公園をあとにした。 順太と亜美の足元に、どこからともなく飛んできた枯れ葉が落ちた。
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