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スマホのカメラ機能で、ベランダから商店街をズームして見てみたことがある。どこも静かなこのマンションと違って、駅前や商店街には人がたくさん溢れていた。どの顔もみんな楽しそうで賑やかで、見ている僕も心が弾んだ。
その光景の中に、父を見つけた。
(八百屋さん?)
昔ながらの古びたその店先に、スーツを来た男の人が立っていた。ズームの粗い画面の中でもすぐに父だとわかる。父はお店の人と仲良くしゃべっているようだった。
Tシャツにジーンズ姿の若くて健康的そうな女の人で、身振りも大きく晴れやかな雰囲気だ。
スマホのズーム程度じゃ細部まで窺い知ることはできなかったけれど、父はたぶん、その女の人を気に入っているようだった。長いことその人を見つめていたから。
それでもその日に父が野菜を買って帰って来ていたら、僕は父を疑うことは無かっただろう。けれど、父は手ぶらで帰って来た。あの店に長居しておきながら、何も買ってこなかった。
父はあの女の人とおしゃべりをするためだけに、八百屋にいたのだ。
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