潰れたスイカの果肉は赤い

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    *  たとえばこれは、ただのスイカ。 「左にずれてるわ!」  だとすればこれはただのスイカ割りで、母の気まぐれ。  あるいは当てつけのスイカ。 「えい! そこよ!」  父の心変わりを悟った母が、「下」の八百屋で買って来た。 (それともたとえば)  ——人の頭。  青ビニールの上に転がっているのは父で、あるいは八百屋の女性で、体を縛られ口をガムテープで封じられて、僕が振り下ろすバットを恐怖にひきつった顔で見つめている。  もがいても逃れられず、戯れのように右に逸れたり左に逸れたりする凶器に何度も顔を潰されて、もうすっかり血だけだ。  ぴしゃっ、と汁がまた飛んだ。 (これが血なら、きっともっと鉄臭い)  だから違う。人の頭じゃない。  そう思うけれど、脳内に描かれた光景はかき消そうとも消えてくれない。やめてくれ、と蠢くようにもがく二人のどちらかを、母は楽しげな声で僕を誘導して殴らせる。ほらほら左、違うわ右よ。あんまり強く殴っちゃダメよ。いいえやっぱり力いっぱい。——まるで歌うようにして。  果汁のはずの液体に、金臭さを感じる。  どうして僕にバットを振らせるのだろう。子どもの力でいったいどれだけ人を傷めつけられるというのか。 (……それが良いのかな)  致命傷でないからこそ、いたぶれるというものだから。 「なかなかこれだ、っていう一発にならないわねぇ」  母が近づいてくる気配がした。  がさがさと音を立てるビニールはもうすっかり血で濡れている。母のワンピースの裾も汚れてしまう。  バットを握る手に、母の柔らかな手が添えられた。 「躊躇っちゃダメよ。余計にまずいことになるもの。このまままっすぐ力いっぱい振り下ろすだけでいいの」  僕の腕ごと、バットが降りあげられた。目隠しの中で目ぎゅっとつぶる。  ごしゃぁっ。  バットの先で、父の頭が潰れる感触がした。
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