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空の彼方が白んでいる。ふたりはどちらともなく手を握りあう。
「神さまがいるかぎり、あたしたちは生き返るんでしょ?」
心あらずといった調子で、マリナが訊ねる。めずらしく感情の読みとりづらい声音に、カロリスは複雑なきもちになる。
「さあ、それはどうだろうね」
大丈夫だよと、即答してあげたかった。しかし、それこそ根拠のない話。かれは誠実すぎた。空気を読んだり、優しい嘘をつく器用さに欠けている。
この惑星が夜のあいだ、神さまは眠っている。かれらが本を読んでイメージした情景と感情が、神さまの夢を編むことになる・・・らしい。詳しくは知らない。それでも、神さまが気まぐれにぼくらを抹消したって、おかしい道理はない。カロリスはそう思う。
太陽が目を覚ました。
まだ寝惚けているらしい、優しく謙虚な日ざしが、世界の無味乾燥な色を暴きだす。
「朝だね」「うん」
カロリスはマリナの肩を抱きよせて、そっと瞼を閉じる。これが習慣になっていた。相手のからだが自分よりさきに消滅していくようすを見たくないから。なにより、さいごの一瞬までそばにいたいという理由で。
無意識にかのじょの髪を撫でる。マリナも目を瞑る気配がした。かれの胸に身をゆだね、腕のなかにすっぽり包まれている。
お互いに相手の鼓動がきこえる。リズムのちがう音が、ゆっくり重なっていく。この瞬間がふたりは好きだった。
「カロリス」くぐもった声。「おやすみなさい。またね」
かれは一層強く抱きしめる。声が震えないように集中させて、「ああ」
「おやすみ、マリナ。ーーーーー」
後半のせりふは霧に溶けてしまった。ふたりのからだは、蜃気楼よりも頼りないかたちに消えていき・・・
容赦なく照りつける日の光。水星の気温が、かれらの体温を追い越そうとしている・・・
どんな未来だっていいと、かれらはおもった。この瞬間、ふたりは永遠を感じることができたから。
願いはひとつだけーーこれからもずっと、あなたのそばにいられますように。
太陽が瞬きをくり返す。あくびをした神さまの泪が、水平線をなぞって光の輪をつくる。
ふたりは死んだ。何億回めという死だった。だれも住んでいないスキナカス町に、88日ぶりの朝がおとずれていた。
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