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鳥海 青
トタン屋根を叩く雨音が響く廃倉庫の奥、屋根が崩れ灰色の空が露わになる場所で、その少女は全身を濡らしながら倉庫のものと思われる古びたデッキブラシを懸命に動かしていた。
砂埃を巻き込みながら雨水は倉庫の床を流れていく。辺りには散乱した床の破片と鉄骨、そして、血。
華奢な少女の制服は埃で酷く汚れ、真っ黒なセミロングの髪と色白の顔には、固まった赤黒い血がべったりとこびり付いている。そこから滴り落ちる雨水が、少女の白いシャツに薄く赤い染みを作った。
少女は朝、クラスメイトの友人から頼まれ事をされていた。恋人と夜に肝試しで倉庫に行った際キーホルダーを落としてしまった。自分はバイトがあるから、代わりに探してきて欲しい、と。
もちろん少女にそれを引き受ける義務などない。しかし、断れるような度胸も持ち合わせていなかった。お決まりの作り笑顔を見せながら承諾し、放課後にわざわざ廃倉庫などに足を運んだのである。
中は資材が不規則に置かれ、まるで迷路と化している。積み上げられた鉄パイプ、板、土管、鉄棒、鉄線。いくつもの無機物が静かに少女を見つめていた。
最初は視界を霞ませる砂埃を手で払う程度の余裕を持っていたが、時間が経過するにつれ、徐々に少女は焦りを感じだす。
それは、他の人には無い少女特有のものだ。“このような物”ばかり置かれている場所に、いつまでも滞在するわけにはいかなかった。
少女はスマートフォンに保存されたキーホルダーの画像を何度も確認し、膝と手のひらを砂埃で真っ黒に汚しながら地面を隈なく探す。
やがて倉庫の奥に辿り着き方向を変えようとしたとき、金属の軋む不穏な音が少女の遥か頭上から聞こえ始めた。引き攣った顔でゆっくりと見上げたときにはもう、遅かった。
支えを失った鉄骨とトタン屋根の破片が、耳を裂くような衝撃音と共に的確に少女の頭を捉える。
辺り一面に立ち込める砂埃。自分の体重を上回るそれらに頭を潰され、少女は地面に打ち付けられた体を痙攣させる。鉄骨の下から粘性のある赤黒い液体がどっぷりと溢れ出し、降り注ぐ雨水で溶かされていった。
やがてうつ伏せの体は動かなくなり、雨音が響く空間が戻った。
屋根を失った箇所に溜まった水が徐々に流れ出した頃、少女の体は指先から少しずつ力が入り、やがてもぞもぞと動き出す。体の上に乗ったトタン屋根を足で蹴飛ばし、両手で鉄骨を掴んで、頭が地面に叩きつけられた状態のまま腰を上げ、足を踏ん張らせた。
ズズズ……と硬いもの同士が擦れる音が続き、ついに少女は鉄骨の下から抜け出す。上体を起こし、自分の頭から流れ出たであろう赤黒い液体を見つめ、次に上を見上げる。優しく頬を撫で身体を濡らしていく雨。自分の身に何が起きたのか理解した少女は、ため息を吐いた。
「また、これだよ」
少女の目には驚きなどない。そこには習慣づいたものに対する呆れと絶望だけがあった。
潰れていたはずの少女の頭はもう形を取り戻し、血は固まっているだけで流れていない。もはや、傷も痛みもない。
少女、鳥海青は不死身であった。
そして同時に、常人ならばとうに絶命している程の不幸体質でもあった。
この二つの体質を、青は誰にも打ち明けずに今まで過ごし、これからも一人抱え隠して生きていくつもりだった。
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