邂逅

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邂逅

 「なんで、偶然? これも不幸ですか……?」  あまりにも見慣れたその人物に対する青の動揺は止まることなく、むしろ酷くなっていく。  他人なのだからどこにいようが関係ないはずなのに、あの青年とこの見知らぬ土地で鉢合わせるのが妙に嫌だった。  青年がこちらに気付かずに通り過ぎてくれることを願うしかない青は、ベンチの後ろにしゃがんだまま、顔を俯かせる。  隠れることなど全くできていないことは青もわかっていた。しかし、どうすることもできない。側から見れば完全に体調不良で蹲っている人だ。  そこに、遠くの方から微かにゴムがアスファルトを擦る湿っぽい音が聞こえた。ベンチから顔を少し覗かせると、住宅街の向こうから黒いワゴン車が駅に向かって走ってくる。  この車が、今自分が待ち合わせている人物だと青は直感した。  しかし、今はもう一人のこちらに向かってくる人物が気掛かりで仕方ない。あまりにも見事なタイミングの悪さに、青は自身の不幸体質を心から呪った。  横道、住宅街、横道、住宅街とまるで小動物のように細々と交互に首を動かし、警戒を顕にする。怪我をすることよりも、恥をかくことの方が青は何倍も怖いのだ。  だが、やはりここは車の方が速い。どんどん姿を大きくさせ、ついにバス停横の道路にまで到着した。濡れたアスファルトの上をザラザラと音を立てながらゆっくりと動き、助手席側をこちらに向けて停車させる。黒い車体にベンチの裏側に身を潜ませる青が映り込んだ。  青は横道の方をチラチラと見やりながらゆっくり立ち上がる。そしてスマートフォンをスクールバッグにしまい、ベンチの裏から出て早々と車に近寄った。  ワゴン車なだけあって、近くで見るとより大きく感じられる。高さは青の身長を優に超えていた。  人影に気が付いたのか、助手席側の窓が機械音をたてながら開かれた。  「初めまして。あなたがウミさんですか?」  車内から中年の男性の声が青に投げかけられる。『ウミ』は青がアプリ内で登録していた名前だ。青は肩をびくつかせながら咄嗟に「はい」と答えた。  「遅くなってしまいすいません。僕は『キノシタ』です。この度はありがとうございます」  『キノシタ』を名乗る男は丁寧な口調で語る。緊張していたわけではないが、青もそれに少しばかり安心を覚える。  「私の方こそ、わがままを聞いてくださりありがとうございます」  「いえ、こういうのは早い方がいいでしょう。何か事情があるようですし」  「ありがとうございます……本当に助かりました」  「僕も助かりました。妹が手放したグッズなんですけど、どこにやろうか困っていたので」  男はそう言いながら懐から白い封筒を取り出し、腕を伸ばして青に見せた。その中に今回の目的のアクリルキーホルダーが入っているようだ。  「妹さんのグッズだったんですね。売っちゃって大丈夫なんですか?」  「大丈夫ですよ。本人に許可はとってますし、こういうのはしまい込むより、必要としてる人の手に渡った方がいいですから」  「そうですね……」  軽やかに笑いながら話す男につられ、青も控えめに笑みを作る。  特に問題も起きぬまま滞りなく取り引きができそうで、青は安堵していた。これなら花音も文句ないだろう。  「さっそく、買い取りいいですか?」  青は肩に掛かったスクールバッグから財布を取り出そうとチャックの取手に手をかける。だが、そこに男が「あっ」と声を発したので、青は手を止め男に視線を移した。車内は暗く、男の表情は見えない。  「ウミさんって……高校生ですよね?」  「え、そうですけど……」  青は取り引き段階で年齢を明かしてはいなかった。しかし、今は放課後、制服を着ている。  高校生じゃまずいのだろうか、取り引き内容に何か書いてあったのだろうかと、青は一瞬で表情を曇らせる。  それに気付いたのか、男がまた笑いながら明るく言った。  「いえ、そんな大したことじゃないですよ! 未成年の方が相手の場合、まずは身分証を見せてもらっているだけです」  「身分証?」  「あるでしょう、学生手帳とか」  「えっ……」  男は丁寧な口調を変えず、淡々と続ける。今までも青は、花音の依頼でグッズ交換の取り引きを数回程しているが、このような申し出をされたのは初めてだった。  青の表情が今度は徐々に緊張していく。  「今回の取り引き内容に、そんなこと書いてありましたっけ……?」  「書いてませんよ。でも、念のためです。未成年相手だと色々ありますから」  「色々って……」  「色々は色々ですね」  か細い声で問う青のなけなしの度胸をかき消すように男ははっきりとした口調でさも当たり前のように語る。  「あの、すいません。私学生手帳持ち歩かないんです」  「ならそのブレザーの校章の写真を撮らせてください。それと何か名前が書いてあるプリント。学生さんなら一枚ぐらいあるでしょう?」  男は先ほどよりも早口で語る。青は反論の余地を奪われ、ただ目を泳がせながら唾を飲み込むことしかできない。    「どうぞ、入ってください。また雨が降り出しそうなので、中でやった方が落ち着くでしょう」  助手席側のドアから何かが外れる鈍い金属音がし、その直後に青の目の前でドアが僅かな隙間分開かれた。  青は小さく片足を後ろに引く。もう既に、自分の身に何が起きようとしているのかを青は察していた。  今すぐにでも逃げ出したい。しかし、アクリルキーホルダーも手に入れなければならない。青は暫しの間思案し、一つの結論を自分の中で出した。  そして、ドアノブに手をかけ大きく開けようと力を込めたときだった。  「何してるの、こんなところで?」  初めて聞く声。  青は咄嗟にドアノブから手を離す。  ゆっくりと振り返り、やがて青は目を丸くして息を呑んだ。  その声の主は、紛れもなくあの見慣れた姿。朝にいつも見かける、例の青年だった。          
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