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「えっ……あ、えっ……?」
こちらに近付いてきていることはわかっていた。だが、まさかこのような展開になるとは思っていなかった青の頭は文字通り真っ白と化し、初めて近くで、それも真正面から見る青年の顔から目が離せなくなった。
「その、あなたは?」
車の中から男が青年に問う。落ち着いた物腰であるはずなのに、その声色からは苛立ちが見え隠れしている。
瞬きを繰り返しながら放心状態となっていた青は男の声で現実に引き戻され、改めて車の方にを目を向けるが、やはり青年のことが気になってしまい、「あの、えっと」と口から漏らしながら首を左右に忙しなく動かして両方を交互に見やる。
それに気付いたのか、青年が前方の車内の男から青に視線を移した。青年は静かに、青を真っ直ぐ見つめる。
青年と目が合った青は、肩を跳ねさせてから体を硬直させた。もう既に青の背中は冷や汗でじっとりと湿りだしている。
しかし、目が合っていたのは一瞬で、青年はまた男に視線を移すと、一歩前に進み青の横に並んだ。
青は青年の横顔を黙って見ていた。横に並んだ青年は思っていたよりも背が高く、ワゴン車とさほど変わらない。
「だから、あなたはなんなんですか?」
改めて男が問う。少々荒くなった語気に、青もさすがに若干の恐怖を感じた。半歩後ろに下がり、男と距離をとる。
青年は全く微動だにせずに男を見続けていたが、やがて小さく息を吸い込んだ。
「急にごめんなさい。俺、この子の親戚なんです」
「え?」
「親戚……?」
首を傾げ微笑みながら、人懐っこそうに青年は言う。しかし、青年の声色にもまた、冷たい敵意が含まれていた。
身に覚えのないその発言に、青は無意識で疑問の声を発し、男は怪訝そうな声で聞き返す。
「いや、あの……」
「そうなんですか、ウミさん?」
「えっ……」
男は次に青に問いをぶつける。まるで自分が悪いことをして、目上の人間に遠回しに咎められているかのような状況に、青は声がうまく出せない。
助けを求めるように横に並ぶ青年に横目で視線を送ると、青年はまた青の方をじっと見つめていた。その視線から「合わせろ」という圧を感じた青は、すぐに男に視線を戻した。
「あっ、はい! そうです!」
うわずった声で返事をする。そして青の声が発されてから、その場は静寂に包まれた。男も、青年も、誰も何も言わない。
青は目を泳がせながら車内の男の方を見て返事を待ち続けた。依然として男の顔はよく見えない。
やがて車内から男のため息が聞こえ、話し出す。
「……ああ、そうでしたか。すいません、今僕はこの子と取り引き中なんです。後にしていただくことはできますか」
「取り引き? 何のですか?」
突き放す物言いの男にすかさず青年が食い付いた。
「何って、グッズのですよ」
「そうでしたか。何のグッズですか?」
「あなたに関係ありますか?」
「親戚なので」
「もう一度言いますが、取引中なので、申し訳ございませんが後にできますか?」
「今日はこの子と約束があったんですよ」
「僕の話聞いてますか?」
「……」
二人は青が口を挟む隙など全く与えずに言葉を投げ合っていたが、突然青年が口を閉ざした。それまで首を左右に振り忙しなくやりとりを見ていた青も、その沈黙で動きを止め、不安を顔に浮かべながら青年の顔を覗き込んだ。
「わかったのならどこかに行ってもらっていいですか? 忙しいんですよ。……ウミさん、場所を変えましょうか」
「えっ、あ……」
男はもはや苛立ちを隠さずに青年に吐き捨てる。そして、青に対しては不気味なまでに穏やかに語りかけた。
青は場所を変えようという男の提案に言葉を返せず吃るが、二人きりになどなりたくないとはっきり心の中でそう感じていた。もっと言うなら、青年の側を離れたくなかった。
「どうしたんですか?」と男はさらに青に続ける。青は拒絶の意志を男に伝える術を持たない、そのような度胸を持ち合わせていない。
「いや、あの……」と言いながら青はさらに二歩分後ろに下がり、眉間に皺を寄せ、一瞬俯いてから、今度は青年の後ろ姿を見上げる。
青年はただじっと、真っ直ぐ車内の男を見ているようだった。そして青が瞬きを繰り返したころ、青年がゆっくりと言った。
「……その封筒の中身、見せてもらえますか?」
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