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「はっ……封筒……?」
男は青年に対し、疑問の言葉をぶつけた。青年はただ真っ直ぐ、視線を送っている。
「どうしてそのようなことを? あなたには関係ないと言っていますよね?」
「グッズ、見せてくださいよ」
「どうしてあなたに見せなきゃいけないのですか?」
「封筒の中にあるなら見せられるはずですよね?」
男はハンドルを手で叩きながら言葉の最後を強調させて言う。もはや苛立ちを隠すつもりはない。
そんな男に、青年も僅かに声色を鋭くさせて応戦している。
「もうキリがないのでどこかに行ってください。はっきり言って邪魔です」
「俺はグッズを見せろと言っているだけです」
「親戚だかなんだか知らないけど、僕はあなたには関係ないんだからどこかに行けって言ってるんです」
「グッズは? ないんですか?」
「ああもう! 早くどこかに行ってくださいよ! 迷惑です!」
ついに男が声を荒げた。ハンドルを強く叩く音に黙ってやりとりを聞いていた青は肩を上げ、青年の背後に半身を引っ込ませた。
青年は僅かに横目で青を見やり、すぐに男に視線を戻すと、大きく息を吸い込んだ。
「なら、この子に決めてもらいましょう」
青年はそう言うと同時に一歩ずれ、青の横に並び、青の背中に手を添え前に押し出した。
青は押されたことで前によろけ、視界が揺れる。状況が読めず再び頭が真っ白になった青は、よろけて前傾姿勢となった状態のまま硬直した。
青年の発した言葉が脳内で繰り返される。徐々に徐々に今の自分の立場を理解し始めた青は、「えっ……」と動揺を漏らしゆっくりと顔を上げた。
初めて覗いた車内では、顔に深く皺を刻ませた男が、青を見下ろしていた。
青は考えるより早く青年の背後に戻った。表情を歪め、男の方から目を背ける。数多くの死を経験しているのに、今まで味わったことのない気持ちの悪い恐怖が胸を支配していた。今はとにかく、この男と距離をとりたい。
何か言わねばと思うがやはり声が出ない。小刻みに震えた手を胸の前で握りしめた。
青年は青の方を向き、わざとらしく優しい声色で問いかける。
「どうしたの?」
声を出せない青は、何も返せずにただ背後でじっとしていた。
「グッズを確認してから取り引きしたいよね?」
青年は再び問う。青は少し躊躇いながらも首を縦に動かした。
それを見た青年は目を細め、次に男に目を向ける。車内からは何も聞こえなくなり、その場はまた静寂に包まれた。
やがて男が口を開くが、それは先ほどとは打って変わって不気味なまでに穏やかな口調だった。
「……どうやらグッズを家に忘れてきたみたいです。取りに帰りますね」
中途半端に開いていた助手席側のドアを荒く閉めると、車はエンジン音を響かせながら住宅街に消えていった。
取り残された二人はしばらく車の後ろ姿を見つめていたが、車が見えなくなってから青年が青に向き直る。
「君、いつもこういうことを?」
「あっ……いや……」
青年は静かに、だが厳しく青に問う。青は何故かうまく青年と目が合わせられない。二人だけになった瞬間、青は今度は違う緊張を抱いていた。しかし、それは決して嫌なものではない。
「気をつけなよ。もう少し警戒しな」
「あ、はい……」
「じゃあ、俺はこれで……」
青年はその場を後にするため青に背を向け、駅に向かい足を前に出した。それと同時に、青年の着ているシャツの裾を青が掴み、引き留めた。青年は驚いた顔で振り返る。
青も自分がどうしてこんなことをしてしまったのかわからなかった。反射的に、無意識に、青年が自分の元から去っていくことを阻止していた。
「……なに?」
青年に聞かれ、青は慌てて手を離す。恐る恐る見上げるが、青年に怒っている気配はない。
青は深く呼吸をし、心に溜めていた言葉を吐き出した。
「あの、いつも朝、会っている人ですよね……?」
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