もしも君が僕のことを思い出したら

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          4  卒業式の日。式が終わり教室で解散して僕は玄関を出た。トーコとの変な思い出も、この校舎とも永遠のお別れ。多くの卒業生は寒空の下、校舎の前ではしゃいだり感傷にふけったりしている。僕にはわき上がる感情なんてない。 「ねえ、君」  僕の後ろから声が聞こえた。僕は振り返った。 「トーコさん・・・」 「気になっていたことがあるの」 「何です?」 「私たちって付き合っていたの?」 「そのことですか」 「私にはその記憶がない」 「もういいんですよ」  彼女はうつむいた。彼女のつややかで黒くて長い髪が風に揺れた。 「でも君にはその記憶がある」 「うん」 「私、君のことは好きだったかもしれない」 「いまさら?」 「いつかまたお会いしましょう」 「いつかって・・・?」 「その時には私、君のことを思い出してるかもしれないから」  僕たちは場所と時間を決めて会う約束をした。それは数年も先のことで、守られるはずのない約束だった。 「さよなら」    彼女が言った。 「さよなら」  僕はもう二度と彼女と会うことはないと思った。
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