もしも君が僕のことを思い出したら

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          5  待ち合わせしたコンビニの入り口にずっと立って人通りを眺めていた。今日も多くの人が河川敷に集まって花火を観ている。  僕は腕時計を見た。午後7時55分。約束の時間はとうに過ぎている。あれから4年と半年。結局僕はトーコのことが頭から離れることはなかった。  再び腕時計を見たあと、僕は歩き始めた。僕は約束は守った。それでいい。  その時、幼い女の子を連れた白いワンピース姿の女性が僕に近づいてきた。 「遅くなってごめんなさい」  トーコだった。 「この子、歩くのが遅くて」  トーコそっくりの顔立ちをした幼い女の子が僕の顔をじっと見つめている。 「来てくれたんですね」 「あなたこそ」  大人になった僕たちは社交辞令のように笑顔で頭を下げた。トーコはあの時の面影を残したまま、ショートヘアーの似合う母親になっていた。かわいい浴衣を着た女の子は黙って僕たちの様子をうかがっている。 「トーコさんは結婚したんですね」 「はい」 「娘さんかわいいですね」 「この子、マリアって言うんです」 「僕は独身のままです。トーコさんより素敵な人には巡り合いませんでしたから」  トーコが寂しそうに微笑んだ。   「あれから何か思い出しましたか?」 「いえ。結局何も思い出しませんでした」 「それならそれでいいんです。 はは・・・」  僕が無理に笑おうとすると、トーコが寂しそうな表情を浮かべた。 「でも幸せそうでなによりです。会えてよかった。もう踏ん切りがつきました。これで本当にさよならです」  トーコは少し何かを考えたあとゆっくりと頷いた。 「マリア、行きましょう。さよなら、シンジ君」 「さよなら」  僕は親子に手を振った。トーコはマリアの手を引いて僕から遠ざかっていた。  僕は彼女たちとは反対方向に歩き出した。あてなどない。今はトーコたちから離れられればそれでよかった。 「パパ!」  不意に後ろから小さな手が僕の腕を掴んだ。マリアだった。 「何してるの、マリア」  トーコが駆け付けた。 「ねえママ、このひとパパでしょ?」 「マリア・・・」  「あたしにもやっぱりパパがいたんだ!」 「マリア、この人は・・・」 「マリアちゃんのお父さんは来ないのかな?」  僕が聞くと、マリアは僕の腕をぎゅっと掴んだ。 「ここにいるもん!」 「シンジ君、ごめんなさい」 「いえ、いいんですよ」 「・・・私、この子を産んですぐに離婚したんです」 「え?」 「いっしょにはなびをみようよ、パパ!」 「僕はパパでは・・・。う、うん、じゃあ一緒に花火を観ようか」 「やったー!」  マリアは満面の笑みを浮べ飛び跳ねて喜んだ。  美しく繊細な花火が夏の夜空に咲いていった。僕とトーコは、あの時と同じ堤防のコンクリートの段の上に並んで座った。マリアは僕たちの周りではしゃいでいる。 「おそらのひかりがきれい!」 「そうだね、綺麗だね」  花火を見上げながら僕はトーコと初めてデートしたあの夏の夜空を思い出した。
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