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第二章 王からくだされるもの (4)
重々しい装飾が張り巡らされた大きな木造りの扉が、どこまで歩いても次々と立ち現れては、嘲笑いながら見下ろしているようだった。何やらずらりと紋様を施した梁を支えるのは、古の神殿の遺跡を思わせる無数の石柱で、それらは果てしなく奥の方まで続き、建物の奥行が全く分からないほどだった。この下には、国中から集った英才たちがひしめいているのだ……。そう考えると、場違いさに身が縮こまる思いがした。
「ルチーフェロもあなたを秘蔵っ子って言っていたけれど、ペリドットが仕込んできたんですもの、試験に落ちる心配なんて、端からしていないわ」
足がすくんだようになったエプィヌの方を振り返って、ユディトは当然のようにそう言う。彼女が歩みを止めたのは「文学師」の文字を刻んだ札が下がる扉の前だった。
「だから、余計に不安なんです」
エプィヌはなんとか答えた。喉がからからに渇いて、舌が上手く動かない。皆に声を大にして主張したいと何度思ったことだろう。博士の頭脳と自分のそれとは全く違うのだ。古語を読み解く感性も、見出した点と点を繋いでいく思考回路の鮮やかさも。何をどう教わってこようと、自分がその足元にも及んでいないことを、エプィヌは悔しながらも自覚していた。しかも、この試験は本来、十五歳の少年たちが受けるものであるのだから、それが輪をかけて、不安を煽っていた。ユディトを失望させたくない、ラウル家の人々に顔向けできないような結果では帰れない。色々な思いが脳内を交錯するが、一番は、自分自身の出来を評価される初めての機会が恐ろしくてならないのだった。
(それが分かっていれば……)
エプィヌは、下降しつつある気持ちを切り替えようと頭を振るった。
自分自身以外の要因は、どうあがいても変えることができない。何とかするならば、心の中にある不安の源を見極め、分析することで冷静になるしかないのだ。漠然とした何かが一番怖い。目を背けて、どんどん悪い方に膨らんで行く想像に押しつぶされてしまうのが、最も愚かしいことなのだと、博士は常々語っていた。
「出たとこ勝負よ、うじうじしていても始まらないんだから、ペリドットのためにも自信を持って受けてきなさい」
ユディトの凛とした瞳を向けられ、エプィヌは意を決して頷いた。彼女は、今の状況に効く一番の薬をよく承知していた。
意を決して、エプィヌは一角獣の姿があしらわれた重い叩き金に手をかけた。少し力を込めて二、三度持ち手を上下させると、まるで年老いた山羊のような声を立てながら、いかめしい木戸がゆっくりと動き始めた。
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