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ひと月前。
このマンションで飛び降りがあった。
・・・正確に言えば、
我が家のベランダから若い女性が飛び降りた。
私より5歳ほど歳下と聞いた。
死んだ女の名前に見覚えがあった。
元々、社内恋愛だった夫と私は部署が
同じで、
共同プロジェクトの際に2人の新人が
配属された。
そのうちの1人が、
この前、飛び降りたあの女なのだ。
ナナという少し塞ぎ込みがちで、
こちらが言葉を選んで指導しなければいけない面倒な子だったから、よく覚えている。
夫の話によればナナが酔いすぎて、
我が家で休ませていた所、
誤って転落してしまったのだと言う。
散々な警察の取り調べから帰宅すると、
夫はそう言っていた。
でも、そんなのは、ウソだ。
今は母親である私もかつては女だったのには変わらない。
なぜ、
男はすぐバレる嘘を平気でつくのだろう。
いつもだ。
そして、誰でもだ。
女の勘は男が思っているより、
ずっと鋭い事を男は知らないとでも言うのか。
あの転落事故の女を夫が介抱をしていたわけ
ではない事は、あの夜、玄関のドアを開けた時にすぐ分かった。
玄関ドアを開けた時の家の空気がいつもとは
全てが違った。
恋人同士のみが作り上げられる男と女が残した
空気と香りが我が家に残っていた。
そして、子供を抱いた私の足元に転がった
赤いハイヒールは私を挑発し、
真実を伝えていたんだもの。
赤いヒールは
"あなたにヒロはあげないわ。"
と嫉妬に帯びたまま、履き主を失った。
このクズ男の腐った愛情を
死んでまでも欲しかったクズ女の想い。
同じ女として思うと鼻で笑いそうになる。
"恋は盲目"とは良く言ったものだ。
黙ってても、ヒロと言うこのクズ男なんて、
くれてやったものを。
私は誰もが名前を知る一流企業の奥様と
しての立場が欲しくてあの男と結婚した。
でも、
旦那が不倫をこじらせて相手が自殺なんて、
お粗末過ぎる。
これで都合良く、離婚を切り出せるわ。
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