逆立ち女

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 これは一時的なものだと、何度も自分に言い聞かせる。  大丈夫。きっと上手くいく。  よし、やれ。  やらなければ終わらないぞ。  咲紀は、自分に言い聞かせた。  意を決して肌に当てたカミソリの刃を引いた。  痛みと共に皮膚から血が流れる感覚を覚える。顔から血が流れ落ち、白い洗面台を赤く染める。  ――痛い  鎮痛薬の効果があったのか分からない程に、痛い。  でも、これで終わりだ。  ガーゼとタオルで止血をし、呼んでおいたタクシーに乗って、病院に連れて行ってもらう。  タクシーの運転手は、顔から血を流す咲紀を見て、取り乱し驚いた様子でいたが事態を理解し、すぐに病院へと走ってくれた。病院に着くと緊急性があるということで、すぐに診療となった。  麻酔をして縫合し施術は終わった。  咲紀は看護師に鏡を見せて欲しいと言った。看護師は、縫ったばかりなので見ない方が良いと言ってくれたが、咲紀は見ずにはいられなかった。  咲紀の懇願に看護師は、鏡を持って来てくれた。  顔の傷跡を見ると、そこには左目の下から頬に向かうように、縫い傷があった。  その傷は、漫画で見た女海賊のようだと、咲紀は思ったが、それは後になっての感想だ。顔にできた傷を見た時は、涙が溢れた。美容には人一倍、気を使ってきただけに、そのショックは大きく、自分の行為に激しい後悔の念に見舞われた。  二週間程度は腫れると言われた。腫れが引けば抜糸できるらしい。  病院では、傷を隠すために大きめの眼帯を出してくれた。  咲紀は自宅に戻ることにした。  帰りの電車の中では、周囲の視線が気になった。誰もが自分の顔を見ている。そう感じた。
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