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咲紀は、後れ毛で眼帯を隠すようにかける。僅かでも目立たなくしたかったから。
帰宅すると、咲紀はすぐに克幸に連絡を入れた。
自分が何をしたのか。
すると、克幸はとても喜んだ。その喜びようは尋常ではなかった。
咲紀の話を遮るように、克幸が喋り始めた。
咲紀、ありがとう。本当に嬉しいよ。君の気持ちは良く分かった。もう二度と君を傷つけるようなことはしない。だから安心してくれ。
彼の声色は優しかった。
咲紀は不安を感じていた。
それは、克幸の表情が見えないからだ。どんな表情をしているかが分からなかったから。
克幸の声を聞いている限りだと、喜んでくれていると思う。
だが、咲紀は彼が笑っている姿を想像できなかった。
なぜなら、記憶にある克幸の顔は嫉妬に狂った鬼の形相をしていたからだ。
克幸は、咲紀のことを愛していると言っていた。
それは本当なのか?
愛しているのなら、なぜ浮気を疑うのだ。
そんな疑問が浮かんだが、口に出すことはできなかった。
しかし、克幸は出会った頃以上に優しくなった。
咲紀のアパートで、咲紀が眼帯を外し傷を見せると、彼は涙を流しながら謝ってきた。
――ごめん。俺が悪かったんだ。許して欲しい。
そう言って、克幸は咲紀を抱き締めてきた。
咲紀は嬉しくて泣いてしまった。その時になって初めて、顔の傷を肯定的に考えられた。
咲紀は、今まで以上に化粧に力を入れるようになった。それは、傷を誤魔化すためではなく、美しさを保つためである。
そして、仕事も頑張った。以前よりも更に、努力を惜しまなくなった。
残業続きで休みも少なく、疲労困ぱいしても、彼女が辞めることはなかった。
克幸との未来。
結婚を夢見て働いていたのだ。
そして、克幸もまた変わった。
毎日のメールや電話で、いつも優しい言葉をかけてくれるようになった。
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