逆立ち女

8/11
前へ
/11ページ
次へ
 泣き崩れるようにして、その場に座り込む。咲紀は絶望していた。自分はただ愛し愛されたかっただけなのに。  咲紀は引きこもるようになった。  そして、咲紀は自殺した。  今村愛美は、警察の事情聴取に答えた。  咲紀の死亡時の第一発見者は、愛美だった。  咲紀の様子を知っていただけに、毎日アパートを訪ねていた。  その日、血を流し倒れている咲紀がいた。手首の動脈を切っての失血死であった。手首には無数の躊躇(ためら)い傷があり、死にたくないのに死を選ばざるを得なかった咲紀の苦しみを物語っていた。  愛美は涙で顔をグシャグシャにして、咲紀の身に何があったのか警察に訴えたが、不倫や浮気は刑法による規定はなく、万が一発覚してもそれだけをもって犯罪者にはならなかった。  事情聴取をしていた若い刑事・豊田明彦は法律を口にした。 「じゃあ、咲紀の死は何なんですか。浮気を疑う男の為に自分の顔を切ったのに。その男は咲紀を裏切って浮気していたなんて酷すぎるわ」  愛美の問いに対し、明彦は答えられなかった。  明彦は、別の話題を振ることにした。  それは事件に大きな関係があるものでは無かったが、個人的に気になった件だった。 「真境名咲紀さんのご遺体に、少し疑問点があったのですが、よろしいでしょうか?」 「……何でしょう」  愛美は悲しんだまま訊く。 「実は、真境名さんの両足首が手芸用の紐で縛ってありました。察するに、ご自身で結んだものと思われますが、何かご存知でしょうか?」 「分かりません」  思い当たるものが無く、愛美は答えた。  明彦は、もう一つの疑問点を訊く為に、証拠品袋に入れられた一枚のメモを取り出す。  自殺した咲紀の部屋にある机の上に、あったものだ。きれいに整理された机の上に、そのメモがあったことから死の直前。もしくは、ここ最近に書かれたものであることは間違いなかった。 「この様なメモがありましたが、何かご存知でしょうか」  愛美はメモに手を触れること無く、内容を確認した。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加