俺の話

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俺の話

突然自分語りをする男は嫌われると言うが、暇なら聞いてくれないか。 俺はアユール・ウィルモント。ウィルモント侯爵家の次男で、この国の皇帝の23番目の側室だ。因みに側室の人数は現在23人だから、末席も末席、新参者である。 ぶっちゃけ、何でこんな事になってんのかさっぱどわがんね、ってやつだ。こんなつもりじゃなかった。 一年前、通っていた学院でも素行の悪さでならしていた俺は、何故かとある外国人の編入生に追い回されて、我慢できずにぶん殴ってしまった。 日頃からΩだと侮って襲ってくる連中を半殺しにしたり袋叩きにしたりその後裸に剥いて中庭の木に宙吊りにしたり、ささいな報復をしながら平穏な学園生活を送っていた俺だったのだが、その編入生を殴り飛ばした事でその平穏が崩れ去ってしまった。 何故なら俺が殴り飛ばしたソイツは、実はとある大国の第3王子だったらしいからだ。王族という身分を隠してタダの貴族のお気楽息子ってていで留学生活を楽しもうと思ってたらしいが、知らんわ。 それなら最後までタダの貴族でいてくれよ、筋通したらんかい。 というか、適当な貴族の放蕩息子設定なら他人にセクハラしても構わないと考えてる思考回路ヤバくね?尻揉まれてキレた俺、悪くなくね?と思ったが、学園側や皇国に言わせると、公衆の面前でのあからさまな反撃はちと不味いって事らしい。じゃあ何?フリーΩは黙ってセクハラされとけって事ですか?後で影でこっそり注意しろって、本気か?聞くタマか?その、侍従の後ろで神妙そうな顔を作ってるけど目が笑ってるその根性悪‪α‬が? 俺は学園長のこんこんとしたお説教を聞きながら、ソイツを睨みつけた。 リドリアス・ルートヴィヒ。それがその糞みたいなセクハラ第3王子の名前だ。 編入初日にクラスで顔を合わせた時から変わらない、蛇のような粘着質な目がじっとりと俺を見ている。 悪びれもせず、真っ直ぐに。 ホントに薄気味悪い奴だ。 そんなこんなで何故か自宅謹慎を言い渡された俺は、不貞腐れた。世に理不尽は数え切れないし、Ωに生まれた時点で既に詰んでる。 でも公衆の面前で辱めを受けたのは俺の方なんだが?元々の被害者は俺なんだが? ムカムカがおさまらなかった俺は、通信魔法で数少ない友人に愚痴った。 「元はと言えば俺が被害者なのに俺だけこんなんひどくね?」 穏やかで心優しいイケメンβの友人・テンリュウは通信の向こうで笑っていた。 『アユは過剰防衛なんだよ、何時も。』 「だってお前。俺は脆弱な体を持つΩなんだぞ?思ってる3倍の力でやらなきゃ‪α‬にはダメージにならないじゃん!」 『…脆弱?』 通信画面に映ったテンリュウは複雑そうな顔で言った。 『アユ、それは自分より頭一つ分も大きな相手を投げ飛ばしたり、蹴りで何メートルも先まで蹴飛ばす脚力の持ち主にはそぐわない言葉だよ。』 「…Ωの繊細な心が傷ついてるんだよ。」 『こないだ君の寝込みを襲いかけて逆マウント取られてタコ殴りにされたエリュシオン伯爵令息は、誰にも言えなくて引きこもってるらしいよ。』 「うぐ…。」 『やろうとした事は下衆だけど、君より繊細なのかもね、彼。』 「……。」 いや、単にプライドが許さなくて俺の前に顔出せないだけじゃないのか? 『とにかく、不可抗力とはいえ王族の顔に手を上げて自宅謹慎程度で済んだのは、正当防衛も加味されての事だろうし、大人しくしときなよ。』 「…ウン。」 また様子見に遊びに行くからさ、と言ってテンリュウは通話を切ってしまった。 俺はぼふっとベッドに背中から倒れ込んで目を瞑った。 あー、やってらんね。 Ωなんてマジクソ喰らえだわ。 Ωに生まれてメリットなんかひとつもなかった。これからも多分無い。幸いだったのは、生まれた血筋だ。代々騎士の家系で武で皇室に仕えていた家系だから、俺もその遺伝子を受け継いだお陰で、世の他のΩ達よりは多少丈夫だ。だからこそ、貴族の子弟の‪α‬やβに混じって学園にも通えている。体質的なものなのか本格的なヒートは未だ来ないけど、俺にはその方が都合が良い。多少のフェロモンの発散は抑制ポーションの服用で抑えて、番は持たず一生1人で生きていきたい。いくら体がしっかり男性体でも、Ωである以上は相手は‪α‬になるんだろうし、その場合相手の性別がどうあれ孕まされるのは俺だろう。ヤダ。 掘られるのも、孕むのもヤダ。 なのに父上も母上も兄も親戚達も、これ以上体が出来上がらない内にとっとと適当な貴族の‪α‬に俺を押し付けたいらしく、最近は見合いの圧が凄い。 (どっか行きてえ~…。) 逃げたい。 俺の将来を勝手にどうにかしようとする身内からも、番は真っ平だけどΩの体だけをどうにか弄んでやろうと狙ってくる野獣みたいな連中達からも、それを暗に許してやれみたいな世の中の風潮からも。 自宅謹慎が一週間も経った日、突然に皇宮から遣いが来た。 皇帝陛下が俺を見初めたから、側室見習いとして皇宮においでよっ☆ というような内容のお達し。嘘だろ。 「父上。私、何時陛下に見初められたんですかね?」 「お前がわからんものを私が知るか。」 父上はわかり易く動揺していたけれど、直ぐに、持て余していた落ちこぼれΩの不肖の息子を片付ける絶好のチャンスだと思ったようだった。 「何なに、えー…あー、なるほど。あ、ウンウンなるほど。確かに確かに。」 「何です?」 「つまり、陛下は御自身がお年なのをことのほかお気にされているようだ。 お前とは孫程も歳が離れているゆえ、秘密裏に迎え入れたいとな…。」 「ひ、日陰中の日陰の存在じゃないですか…。」 「あのな、お前。散々あちこちのご子息を返り討ちにしてきた暴力的で扱いづらいΩだと悪評のついたお前を、引き受けて下さるという有り難いお達しなんだぞ。天啓かよ。さっさと荷物纏めておかぬか。」 「ち、父上?」 俺のセクハラ返しのせいで揉め事になり時間も金も浪費させられてきたという意識の強い父上は、言うだけ言って俺を書斎から追い出した。 「皇帝陛下にお返事書くから。」 とか言って。 嘘だろ。確かに俺は迷惑ばかりかけてる不肖の息子かもしれないけど、こうもあっさり…。いや、当然か。親からすりゃ、押し付ける相手がどこぞの罪もない貴族の息子達から爺ちゃん皇帝になっただけか。 じわり、と柄にもなく涙が滲んだ。 いや、泣かねえ。こんな事でなんか泣かねえ。親に疎まれてる事なんて今に始まった事じゃねえ。 俺は部屋に戻り、持って行く身の回り品はどれにするかをノロノロとチェックした。16年間慣れ親しんだこの部屋とももう直ぐお別れか、と思いながら寝たら、やっぱりちょっと涙が出た。 それから更に一週間後、皇宮からの迎えの馬車が来た。まずまず立派なやつで、父上は喜んでた。 「良いか、皇宮、いや後宮に入ったら絶対に揉め事は起こすなよ。」 「大丈夫じゃねーの?側室に男‪α‬が居なければ。」 「…それもそうか。」 後宮はほぼ女性、それもβやΩで占められている。男性を入れる場合はΩのみと決められていて、つまり後宮に足を踏み入れる事が出来る‪α‬男性は主である皇帝のみ。宦官は出入りしてるけど、男性機能の去勢された彼らは男性とは看做されない。 そんな中で、俺を力づくでどうにかしようとする奴がいるとは思えなかった。 でも、爺ちゃん皇帝にはヤられるのかなあ…、とどんよりした気分にはなるけど、仕方ない…。こればっかりは。 神の末裔と言われる自国のトップが相手では、流石の俺も年貢の納め時と諦めるしかなかった。 初日に皇帝陛下に謁見してから数週間。何故か俺の日常は平和だ。 爺ちゃん皇帝はやっぱり爺ちゃんだったし、孫みたいなガキを弄んで楽しみたい性質の人にはとても見えなかった。 実際、その夜俺の寝所に来たっちゃ来たんだけど、来てから茶を飲んで俺の事を色々聞かれて、大変だったのうとか慰められて。 ケツ処女喪失の覚悟をガッチガチに決めていた俺は、すっかり気が抜けてしまった。どうやら陛下は、思うところあって俺を側室として迎えはしたけれど抱く気は無いようだ。けれど、迎え入れた俺の体裁の為にお部屋訪問してくれたようなんである。 え、それって何の為に? 「ここでは自由に過ごしていなさい。なに、そう長い事でもなかろうよ。」 齢75歳の爺ちゃん陛下は、そう言って翌朝5時に帰っていった。 年寄りは朝が早い。 初日と、半月目に爺ちゃん陛下は泊まりに来て茶を飲んで話した。形だけは同衾したんだけど、爺ちゃんだから直ぐにすやすや眠る。 寝息につられて俺もすやすや眠る。 正しく爺ちゃんと孫。 そうこうしながら退屈と戦いつつも過ごしている内に、ちょっと仲良くしてくれる他の側室も出来た。 「陛下の側室ってね、長い方以外は結構数年で下げ渡されてるんだよ。」 ちょっとボーイッシュなお姉さんかと思ってたら実は一つ上なだけのΩ男性だったアトリという側室は、自分は19番目なんだと笑った。 明るい髪に薄いブルーの瞳の中性的な美人だ。 「実は私も、近々下げ渡されるそうだ。」 アトリはそう言って少し寂しそうに笑ったが、俺はびっくりした。 「下げ渡される?」 「うん。私、ずっとここで気楽に暮らすのも良いかなって思ってたんだけど、考えてみたら陛下もお年だもんね。皆の先の事を考えて下さってるのかも。陛下、お優しいから。」 アトリは菓子を食みながらのんびりとした口調でそう言った。 彼の実家は没落寸前だった貴族で、Ωで容姿が美しかった彼は借金返済の為にΩ専用の高級郭に売られそうになっていたのだと聞いた。 「好きな人が居てね。小さい頃から番になろうって約束してた。正式に交わした事じゃなかったけど、婚約者って事になるのかなあ。でも彼の家も、貴族と言っても余裕がある訳じゃなくて。一緒に逃げようって言われたんだけど、私が逃げたら今度は妹が売られるからって、諦めたんだ。」 縁が無かったんだよねえ、と眉を下げて笑うアトリは、きっと相当苦しんだんだろう。 「でもそんなタイミングで陛下から側室の話が来たんだ。郭で売られた先の人生を考えたら、まだマシだと思った。家も持ち直せるし。だから彼に黙って、迎えの馬車に乗った。」 そう言って遠い目をするアトリは、彼の事を思い出していたんだろうか。 そんな茶飲み友達だったアトリも、数ヶ月後には言っていた通り下げ渡される事になったらしい。 陛下に呼ばれてその相手に引き合わされた日の夕方、アトリは興奮に上気した顔で俺の部屋に駆け込んできた。 「彼だった!!」 「は?」 「嫁ぎ先、私の…、私の…!」 そう言って声を詰まらせて泣きじゃくり始めたアトリの涙は、嬉し涙だったらしい。 「こんな偶然、あるの?ああ、神様、陛下、ありがとう。ありがとうございます、感謝致します…!」 「良かったな、そうか、良かったな。おめでとう。」 そう言ってアトリの背中を撫でてやりながら、俺は爺ちゃん陛下の惚けた顔を思い浮かべた。 (それって、ホントに偶然…なのか?) 出来すぎてねえ? 俺はアトリに、ある疑問をぶつけてみる。 「アトリさあ、陛下と…致した事ってある?」 「致したって?」 「まぐわい。」 「ぶっ。」 驚いたのか吹き出して、感涙がすっかり止まってしまったらしいアトリは、ちょっと言いにくそうに周囲をキョロキョロしながら答えた。 「何でそんな…まあもういっか。 無いよ、1度もない。 流石に孫と同年代の子にそんな気起きなかったんじゃない?」 「…そっ、か。」 俺は、なるほどなあと思った。俺の考えが正しければ、俺やアトリの他にも同じような側室が居る気がする。迎え入れられながら陛下のお手がつかない、でも公にはちゃんと同衾してご寵愛を受けてる事になってる側室が。 だって、陛下の御子なんて、もう30年は生まれてないんだから。 アトリが去って、俺の後宮生活はまたちょっとばかり退屈になった。 週に何度か通信魔法をくれて、新婚生活は順調に幸せそうだ。惚気が凄い。 後宮でのんびりしていた時より生気に溢れてて、俺は嬉しくなった。 ある日、久々にテンリュウから通信魔法が入った。 『どう?調子は。不便は無い?』 「まあまあ。退屈かも。食っちゃ寝だからデブりそう。陛下に剣技の先生呼んでくれるようにお願いしようかなって思ってる。」 『あー、有り余ってるんだねえ。』 テンリュウは画面の向こうでくつくつ笑っている。 他人事だと思ってコイツ…。 「不自由は無いけど、ちょっとくらい気晴らしに出掛けたいぜ。」 お前は良いよな、自由で。とニュアンスを込めながらそう言うと、テンリュウは微笑みながらう~んと何かを考える素振りで首を傾げた。 『まあ、もう少し辛抱してよ。』 「……は?」 『あ、授業始まる。じゃ、またね。』 「あ、おい…。」 もう少し辛抱してよ? アイツ、何言ってんだろ。 今度は俺が首を傾げながら通信魔法機器を閉じて本を開いた。 で、テンリュウは時々、妙な事を言う奴だからとその内忘れてしまった。 その後半年もしない内に俺も後宮を出る事になり、とある‪α‬と番婚する事になるのだが、安穏と昼寝に入った俺には、そんな事は想像も出来なかったんだ。
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