古書のコショコショ堂

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 本からすべり落ちたものがあって、拾い上げると、それは「コショコショ堂」の名刺だった。  黒い文字がシンプルに並んだその名刺を見ると、店舗のホームページだけでなく、SNSもあるようだった。駅に着いて、チェックしてみる。  SNSには木野さん自身の写真は一つもなかったのだけれど、あの川や緑、小さな花、町の風景がずっと並んでいた。  写真だけなのに、匂いがする。  それは柔軟剤「タイニー」の香りで、「コショコショ堂」のかびくさい匂いだった。  木野さんの顔だけが、思い出せない。映っていないので。  あの人、どんな人だっけ。大学生の人。本屋さんの人。片付けが超絶苦手な人。  私を、置いていかなかった人。  また、遊びに行きたいです。  重い扉を開くように、メールの送信ボタンを押してみる。  すると私の中の「ことり」が舞い上がった。そして思ったよりも軽やかに、口笛をひとつ奏で、飛んでいったのだった。 おわり
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