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消えゆく景色。
見慣れない風景。
脳を支配する音楽。
「佳奈」
「私は大丈夫」
三兄弟の長子である和宏は、中間子である佳奈に手を伸ばす。
どちらかと言うと力が強いのは、妹である佳奈であった。この力は、心の安定に左右される。
「優人?」
「うん?」
なので和宏が心配しているのは、末っ子の優人の方。感受性が豊かで、人懐こく表情も豊かだ。
「握れ」
兄の言葉に、優人は視線を下ろす。
「まてまて、どこを握ろうとしてるんだ」
「うん?」
と、優人。
「可愛く首を傾げるのはやめろ」
「兄さんのケチ」
ぷくっと膨れる弟、優人に眉を寄せ困った表情をみせる和宏。和宏の右隣に立っていた佳奈が笑っている。
「ケチとかそういう問題じゃない」
「兄さんはさー。冗談も通じないし、すぐ怒るしさ」
優人は不満そうに。
「怒ってねーよ」
「怒ってる」
和宏の言葉に視線を背ける、優人。
「だから、怒ってねーって」
必死の和宏に、肩を揺らし口元に拳を充てる佳奈。いつもの光景だ。甘えたで、かまってちゃんの末っ子は、いつでも和宏を困らせる。
両親のいなくなった自分たちにとって長子である和宏は、二人の親代わりのようなモノだ。和宏を困らせることで愛情を試す優人に、佳奈は優しい瞳を向ける。
「俺が、いつ怒ったってんだよ」
「今!」
「あーはいはい、悪うございましたよ」
和宏は、優人には甘い。あの出来事を、自分のせいにでもしているのだろうか?
「優人、手」
時を超える時。自分たちは迷子にならないように。決してバラバラにならないように、こうして手を繋ぎ互いの存在を感じてきた。差し出された手を見つめる、優人。もう子供ではない。その気持ちが躊躇わせるのだろうか?
「佳奈の方がいいか?」
和宏は少し寂しく思いながらも、優人に問いかける。
すると彼は、
「ううん」
と首を横に振り、
「兄さんがいい」
といって和宏の手を握る。和宏はホッとした。
「兄さん」
「ん?」
「お姉ちゃん」
「どうしたの? 優人」
───なんで、俺はお兄ちゃんじゃないんだ?
和宏は素朴な疑問を抱きつつ優人を見つめる。
「大好きだよ」
いつまでたっても子供な優人に、二人は笑みを溢す。
「行くぞ」
和宏は二人に交互に視線を向けると、二人は力強く頷いた。
あの日俺たちは、間違った門をくぐってしまったんだ。そうでなければ、こんな事態には陥らなかったはず。全ては自分のミス。愛しい弟を危険に晒し、俺たち兄弟は時の逃亡者となった。
それでも、後悔はしていない。俺が守るべきなのは。
『世界で一番大切な君へ』
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