環(たまき)と茂道(しげみち)

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環(たまき)と茂道(しげみち)

 道の先に眼鏡をかけた大きな葛籠を持った男がいた。ラズはその男に突進していき、思い切り斬りつけようとしたが、動きを止めた。 「私のこと、よくわかりましまね。」 葛籠を持った男の前に虚ろな目をしている学者らしき女性が立ちはだかった。 「ラズ、だめだ!その女の人は操られているだけだ。」 「わかっている!」 女性が襲いかかってきたが、動きはてんで素人だ。攻撃をいなしながら、同時に葛籠の男を観察した。気配でわかる。間違いなくガラだ。ラズたちを敵視していることからも明らかだ。先程のミックと瓜二つのガラ程ではないが、魔力はかなり高そうだ。 「ラズ、気絶させればいい!このガラは俺がやる。」 「このガラ?私の名前は環。他の低レベルな奴らと一緒くたに呼ばないでいただきたい。」 ラズは剣をしまい正拳突きをしてきた女性の拳を握った腕を取り、力を利用して組み伏せた。力を加減し首の後ろに打撃を加えた。女性は動かなくなった。 その間にディルは短刀で環に切りかかった。しかし、かすっただけだ。環の服が少し裂けただけだった。かなり素早い。 「なかなか、やりますね。好きにしていいと言われたので、無理せず逃げることにします。」 そう言うと、環は背中を向けて駆け出した。ディルとラズは追いかけようとしたが、また二人操られている町人が現れ、その対処をしているうちに逃してしまった。    ミックとベルは、被害にあった建物を発見した。ざわざわと人が集まっていた。幸いにもすぐに火は消し止められたようで二階の窓枠が焦げているのがわかる程度だった。問題は建物よりも目の前の門番の老人だ。 「わしに武器を向けるな!コイツに当たるぞ!!」 ガラだった。眼鏡越しの目の白目部分は、黒くなかったが、月明かりに照らされても影はなかった。やはり眼鏡には特殊な細工がされているのだろう。偽門番のガラは、人質を取って盾にしている。火事が起こった民家の住民だろう。まだ四、五歳の女の子だ。 「武器を下ろせ!コイツがどうなってもいいのか!?」 女の子は恐怖で涙も出ないようだった。両目を大きく見開いている。 両親と思われる男女は「やめて!」と泣き叫んでいる。ミックは問答無用で矢をうった。ガラの脳天に矢がつきささった。その空きを見逃さず、ベルが距離を詰め、女の子を取り返すと同時に回し蹴りをかました。ガラの脇腹にクリーンヒットし、吹っ飛んだ。通りの反対側の家の塀にぶつかり、塀ごと崩れ落ち土煙が上がった。 もくもくとけぶる土煙で標的を視認できないが、ミックは勘で続けざまに矢を放った。土煙の中からよろよろとと、矢が五本刺さったガラが出てきた。心臓部分にも刺さっている。崩れてチリになる…と思いきや泥のようにデロデロと溶け出し何か塊が残った。 近付いて見ると、大きなトカゲのしっぽのようだった。やられた、と思った時にはもう遅かった。脳天に矢が刺さたったガラが、通りの奥の方に走って逃げていくのが見えた。はためくコートの下から切断されたしっぽが覗いた。 「青髪の女があんなに強いなんて聞いてないぞ。あの踊り子みたいな女もだ。割に合わない。人狩りはやめだ。」 走り去るガラの独り言はミックたちには聞こえていなかった。 「あなた、大丈夫?」 ベルが女の子に怪我がないか確認し服の埃を払ってあげた。両親は、ベルとミックにお礼を言って深々と頭を下げた。 「ベル、あのガラ追えそう?」 「なんとなくの方向なら。」 二人はガラの追跡を続けた。 「あなた、普段のんびりしてるのに、戦いになると容赦がないというか肝が座ってるというか…。」 ベルがミックを誘導しながら、呆れたような感心したような調子で言った。 「そうかな?さっきのは、ベルがいてくれたから一撃で倒せなくても、どうにかなるって思っただけだよ。あの距離なら女の子に当てない自信はあったし。」 しかし、女の子は助けられたが、そのガラを取り逃してしまった。野放しにはしておけない。 ガラが逃げていった方向に気配を探りながら進んだが、しばらくしてからベルはガラの気配が消えてしまったとミックに伝えた。結局、約束の夜明けまでにガラを見つけることは出来なかった。    朝が来て、ミック達はまた宿屋に集まった。隣の宿は二階が二部屋燃えてしまったが、こちらの宿はミック達の部屋の床が少し焦げた程度の被害だった。  シュートが寝かされている男性陣の部屋に全員入り、お互いの無事を確認し状況を報告し合った。門番の老人がガラだったこと、葛籠を持った男はガラで名前を環と言っていたこと、そしてどちらも討伐できなかったことを共有した。 「貴様、双子の姉妹でもいるのか?」 「ええ?いないよ。私は一人っ子だよ。突然どうしたの?」 ラズがミックと瓜二つのガラに会ったことを伝えた。そのガラに同じ匂いがすると言われたことは黙っていた。 「うーん、不完全な擬態をするガラなのかしら。『様子見』って言葉も気になるわね。」 「それにしても、よくガラを見つけ出せたね。あの環って名乗った奴も。」 ディルの言葉に、ラズはふんっと鼻を鳴らした。 「普通だ。気を張って探していれば見つかる。」 普通なのかぁ…月が出たり陰ったりしている夜で、なれない町なのに…普通なのかぁ…とそれが普通にできないミックは自分が少し情けなくなった。近衛兵としてもっと精進せねば、と思いを新たにした。 「俺は今回初めてこんなに用意周到に襲ってくるガラに会ったんだけど…王都ではそういう話あるの?」 そんなことはない、とラズもミックもディルに答えた。ガラは大抵一人で行動している。複数で行動する場合でも、カーディアであったように馬を盗むような単純な行動はまだしも、今回のように門番に扮したり、火災と魔法の起動のタイミングを合わせたりするような複雑な行動は、今まで見たことがない。隊の訓練でも、そのような話は一切聞いたことがなかった。 「おそらく、門番は俺たちが来たことを、ミックに瓜二つのリーダー格の奴に伝えた。だから昨夜襲われたんだ。俺たちは見張られている。今まで聞いたこともない、統率を取るガラとその手下が敵だ。」 ラズが話をまとめた。いつも以上に厳しい顔つきだ。ミックも、その通りだと思った。 しかし、そうだとして…目的は何だろうか。ミックたちの姫の真名を取り戻すという旅の目的を阻止するのなら、さっさと殺してしまえばいい。しかし、「様子見」とリーダー格のガラは言ったのだ。何かを待っているような、見極めようとしているような、そんな感じがする。そのガラが自分そっくりだというのも、非常に気になるし、気味が悪い。  「考えてもわからないわ。でも、馬車旅を止めさせられた理由はわかった気がするわ。王様はきっと、敵の存在を知っていた。少なくとも危惧していたのね。」 そこまで話したところで、小さく唸り声を上げてシュートが目を覚ました。
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