大きなカブ

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大きなカブ

 小屋の中央の床が下に少し下がり、横にスライドした。ちょうど上に乗っていたシュートは慌ててとびのいた。小屋の床にポッカリと直径一・五メートル程度の穴が空いた。 ミックは覗き込んでみたが、真っ暗で何も見えない。微かに風が吹いてくる。どこかへ繋がっているのは確かなようだ。しかし、この真っ暗な中を進むのはかなり勇気がいる。  どうしたものかと、ミックがベルの顔を見ようと目を向けた瞬間、外に置いてきたクリフの嘶きが聞こえた。かなりパニックのようだ。ミックが慌てて小屋から出ると、野良犬数十匹に囲まれていた。  ここは人通りの殆ど無い、忘れられたような町の外れだ。野良犬に馬が襲われる…厩の主人が言っていたことを今更思い出した。ミックが、巻き付けていた手綱を枝から取り外そうとしている間も、クリフは暴れ続けていた。クリフとミックに襲いかかろうとする野良犬をラズが蹴飛ばして追い払おうとしている。  やっと外せた、これで逃げられる、と思った瞬間、ミックはパニック状態のクリフに引きずられて、クリフと一緒に体当たりで小屋のドアを破壊し、そのまま先程の穴にクリフ共々落ちていった。  それを止めようと ミックの足をラズが掴み、 更にラズの足をディルが掴み、 ディルの足をシュートが掴み、 シュートの足をベルが掴み穴ギリギリのところで踏ん張る という本人たちは必死だが傍から見たら大分滑稽な絵面になってしまった。大きなカブのおじいさんとおばあさんもびっくりの奮闘劇だ。  さすがのベルもこの馬力と重さには勝てない…わけではなく、小屋の方が持たなかった。ベルが踏ん張っている足元から床がバキバキと割れ、踏ん張る床がなくなったベルは結局一緒に穴に落ちていった。老朽化が進んでいた水車小屋はそのまま床から壁、天井とがたつきばらばらと崩れ落ちた。  ミックたちが入っていった穴は瓦礫で覆われた。 「クリフ!大丈夫、落ち着いて。」 ミックの声と口笛と、首元のポンポンというボディタッチで真っ暗な中でもクリフは落ち着きを取り戻していった。 「賢いね。いい子いい子。」 穴の先は急な滑り台のようになっていて、ミック達は転げるようにして底まで辿り着いたのだった。 「塞がったな。」 近くでラズが服の埃を叩いている気配がする。斜め上を見るとラズの言うとおり出口がなかった。隙間からうっすらと陽の光が覗いている。  ベルとディルが穴のところまでよじ登って確認したが、瓦礫だけではなく周りの地盤も一緒に崩れており、こちらから穴をまた開けるのは無理そうだった。 「進むしかないか。」 ディルが手探りで荷物の中からリンゴくらいのサイズの瓶を取り出した。ディルが握ると瓶が白く輝き出した。ベルも自分の分を取り出した。こちらも白く輝いた。 「何だ、それ?」 シュートは手渡された瓶の形や重さを触りながら確かめた。瓶がぼんやりと光りだした。  「篝瓶(かがりびん)。瓶の中に魔力計と同じような液体が入ってて、魔力を込めると光るんだ。ただ持つだけじゃなくて、瓶に魔力を流し込むイメージ。」 ディルの説明を聞いて、シュートがふんっと力んだ。ぱっと昼間に変わったかのように洞窟全体が明るくなった。と、思ったらまたすぐ暗くなってしまった。シュートが息を荒くしてへたり込んでいる。 ミックが肩を貸して立たせた。 「一気にたくさん流しちゃだめらしいよ。ちょっとずつじゃないと、疲れちゃうんだって。」 「それ、早く言えよ…。」 へろへろになりながら、シュートはしばらく息を整えてもう一度魔力を込めた。ベルとディルと同じくらいの明るさになった。色は二人とは少し違い、青白く輝いている。 「ミックはいらないかな?ラズは使えそう?」 魔力0のミックは、うん、いらない、と頷いた。ラズは使えない、と首を振った。え、もしやラズも0仲間か、とミックは驚いてラズを見た。ラズはミックの視線を避けるように顔を背けた。 「俺が使っても…暗い色になる。明かりとして使えないから魔力の消耗にしかならない。」  暗い色といえば、水系統の青や紺、あるいは土系統の茶色などだ。いったいどの系統なのかとミックは気になったが、ラズが深堀してほしくなさそうな雰囲気だったので、聞かなかった。    もしかしたら、ミックと同じで全く魔力がないが、恥ずかしがりやでカミングアウトできないのかもしれない。そうだとしたら、少しかわいらしいなとミックはにやにやしてしまった。  先程シュートが照らし出してくれたおかげで、なんとなく周りの様子はわかった。直径三メートル位のトンネルが続いている。見える範囲では真っ直ぐだった。生き物の気配はなかった。  ベルが言うには、もう少し先に行けばところどころ明かり取りと空気入れ替え用に窓が空いているはずだということだった。ここではない別の使者の道を使ったことがあるが、そのような作りだったということだった。 「さすがに篝瓶ずっとじゃ、キツいからね。」 ディルが先頭で歩き出した。魔力の消耗という意味だろうが、ミックはこの暗い中をずっとじゃ気持ち的にもキツいよなぁと思った。それに、もしも何かに襲われるようなことがあった場合、狙撃手の自分は明かりがあって遠くまで見えないと役に立たない。 クリフの手綱を持つ手に力が入った。
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