旅の仲間

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旅の仲間

 馬車は軽快に進んでいく。この調子ならお昼前には余裕で隣町のカーディアに着けそうだ。 「さて、カーディアまでの間に旅の仲間ってことでお互い自己紹介しようか。これから長い間一緒に過ごすかもしれないからね。」 昨日姫の真名が取られたと聞いたときに声を上げた人だと、ミックは目を向けた。今見ると落ち着いた物腰で、驚いたら思わず声を上げるような人には見えない。銀髪で、全体的に短髪だが襟足あたりだけが長く、束ねている。さすらい人によく見られる髪型だ。目はほとんど黒と言っても良さそうだが、少し青みがかっている。 「俺は風間家のディルだ。よろしく。こっちは姉の…。」 「ベルよ。よろしくね。」 ディルと同じ黒の瞳に銀髪だが、こちらはたっぷりと量が多く腰に届きそうなほど長い。服装から察するに踊り子だ。さすらい人は、各地を旅しながら芸を見せたり占いをしたりして生活している。胡散臭いと嫌がる人も中にはいるが、ミックはさすらい人の一団が街に来るとわくわくする方だった。不謹慎かもしれないが、旅の仲間にさすらい人がいることが嬉しかった。 「あ、忘れる前に…これを渡すように言われてる。」 ディルは革製のブレスレットを皆に配った。 「何だ、これ?」 「通行証だ。例外もあるが、それがないと街に入れない。そんなことも知らんのか。」 不思議そうに眺める金髪のつんつん頭の男に、剣士の…ええと…ミックは一瞬考えた。そうだ、ラズ!が言った。 「お前なぁ!初対面の相手に随分棘のある言い方するじゃねぇか。俺は医者だ。兵士みたいに遠征なんて行かねぇから、初めて見たんだよ!」 「まあまあ、緊張してるんじゃない?お医者様の君の名前は?」 ディルはにっこり笑ってやんわりと二人の会話を止めた。喧嘩の仲裁慣れしてるなぁ、とミックは関心してしまった。さすらい人の間ではよく喧嘩が起きるのだろうか。 「俺は新見家のシュートだ。戦いは素人だから役に立てないかもしれないが、怪我や病気については任せてくれ!」 心強い仲間だとミックは思った。言葉遣いや身振り手振りは少し粗野な感じがするが、明るい蒼い目がとても優しそうだ。くたびれてきてはいるが着ているものに高級感があり、親も同じように医者で裕福な家庭で育ったのではないかと思われる。 「で、お前は、何ていうんだよ?」 シュートは黒髪の剣士、ラズをじろっと見た。 「近衛兵第一部隊、不知火家のラズだ。」 ラズは不機嫌そうに誰とも目を合わせず短く答えた。ミックはラズの不機嫌そうな顔しか今のところ見ていないことに気付いた。ミックは自分だけまだ名乗っていないと思い、誰に振られるでもなく話しだした。 「私は近衛兵第三部隊の春日家のミック。よろしくお願いします!」 「貴様、ジークの血縁か?」 不機嫌な顔のラズが唐突に言った。突然父の名前が出て、驚きのあまりすぐに返事はできなかった。   ラズがそう思うのは、当然と言えば当然である。ミックの父親のジークは歴代最高の剣士と言われた大剣豪だった。剣を扱う者であれば誰もが名字まで知っていた。しかし、六年前、ガラに襲われて亡くなってしまった。当時王都はそのニュースに騒然とした。ジークは自宅の裏庭から続く小さな森の中で亡くなっており、近くにいたのは血だらけで気を失って倒れていた十歳の娘、ミックだけだった。あとは、微かにガラの邪気が漂っていただけだった。血はジークのもので、ミックに怪我はなかったが、ミックはその夜のことを何も覚えていなかった。治安部はジークは娘を庇って亡くなったのだろうという見解を示した。娘を庇っていたとはいえ大剣豪を殺害するほどの力を持ったガラの存在に、人々は恐怖した。結局犯人のガラは未だに討伐されていない。 「…そうだよ、ジークは私の父さん。」 「そうか。…奴は俺の師だった。」 ミックにとっても、父親は剣の師だった。きっとラズは、春日家という名前を聞いてからずっと気になっていたのだろう。事件以降恐怖で体が動かなくなるために剣を振るっていない自分と違い、父の死後も剣の道を進んでいったラズの強さを、この旅の間にミックはしっかりと見てみたいと思った。 「カーディアに着いたら、馬をもらうんだよな?」 一通り自己紹介が終わり、シュートがディルに確認した。 「そうだよ。荷物持ち用に一頭だけね。そこからは、歩きだ。この石を使って例のガラを探し出す。」 ディルは首から下げていた小さな巾着袋から綺麗な青い石を取り出した。その石には姫が巫女修行で溜めた力が込められているそうで、姫の真名を知っているガラに引かれるはずだと城巫女が言っていた。それも占ったのかは知らないが、昨日謁見の間で、城巫女はディルがその石を管理するよう言いつけていた。 「でも、馬車旅が隣町までってのは、少し残念よね。目立ち過ぎるからって言ってたけど。」 ベルが浅いため息をついた。ミックも同感だ。歩きと馬車とでは体力の温存具合が大分違う。目立ち過ぎるという心配もわかるが、歩きのデメリットの方が大きいような気がしていた。しかし、王が決めたことだ。きっと徒歩の方が良いのだろう。どちらにせよ、逆らうことはできない。   カーディアは王都からそう離れてはいないが、自然豊かな町だ。馬や羊などの家畜の飼育で有名だ。良い水源があり草がよく育ち、餌が豊富なのだ。王都の食料の一部分はここから調達されている。また、近衛兵や馬車協会の使う馬たちはほとんどここから来ていた。 わざわざこの町にミックたちが行かされたのは、神の馬とも称される名馬が今町で飼育されているからだ。本来であれば次の秋の収穫祭に合わせて、王都に送られるはずだったが急遽旅の共に選ばれたのだった。ミックは何と言って馬をもらい受ければ良いのかと不安になった。旅の目的を告げるわけにはいかない。旅の仲間達はおそらく自分よりは上手に嘘をつけるだろう。黙っているのが得策だと、一人結論付けた。    カーディアに着くと、町の様子が慌ただしかった。そこかしこで不安げに立ち話をしていたり、焦った様子でかけていったりする人がいる。明らかに何かがおかしい。 「あの、すみません、なにかあったんですか?」 ディルが数人で固まって話している男性たちに声をかけた。 「あんた、旅の人かい?今ちょっと緊急事態でな…。」 「いえ、実は王の使者で…今日馬をもらいに来る手はずになっていたのですが。」 近くにとめてある王家の紋章がついた馬車を指し示しながらディルは答えた。なるほど、そういう設定なのかとミックは納得した。男はディルと馬車とを何度も見比べて顔を青くした。
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