追跡

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追跡

  男は仲間と何やらごにょごにょと話して、またディルへ向き直った。 「し、失礼しました!どうぞこちらへ。」    ミックたちは町長の家へと案内された。レンガ造りの二階建てで、大きな暖炉が部屋にあった。この時期の昼間は暖かいので、火は燃えていない。暖炉の上には大きな鹿の頭の剥製が飾ってある。   一枚板の重厚なテーブルにつき待っていると、丸メガネに小太りの男が二階から小走りで下りてきた。 「使者の方々、お待たせしてしまって申し訳ありません。私は町長の宍倉家のドーミーと申します。ささ、お茶でも召し上がって下さい。」 ドーミーは用意してあったお茶やお菓子を指し示した。 「馬をもらい受けに来ただけなので、このような歓待は遠慮させていただきたいのですが。」 ディルの言葉にドーミーは明らかに困った様子だった。ミックはお菓子に伸ばしていた手を引っ込めた。 「あの、馬を今ご用意しておりますので、その間お寛ぎいただけれ…。」 「なぜすぐ差し出さない?その馬、盗まれでもしたのか?」 町長の言葉をラズが遮った。ミックは改めてお菓子に向けて伸ばしかけた手をまた引っ込めた。ドーミーの目が泳いでいる。これは図星だ、と隠し事を見つけるのが下手なミックにも分かった。 「やはり誤魔化すのは良くないですね。」 そう言って、ドーミーは大きなため息をついて話しだした。  昨日突然王都からのはやぶさ便で伝令が届き馬を用意することになった。そこで、すぐにでも引き渡せるよう準備をしておいたのだ。しかし、朝厩舎を見るとその馬がいなくなっていた。カーディアは昨晩雨が降っていたため、地面に足跡が残っていたので、盗まれたことが分かったそうだ。 「そこで、慌てて町の男たち何人かでその足跡を追っていったんです。」 足跡の続く先は森の中だった。すぐ近くで馬の嘶きが聞こえ、そちらへ向かうと抵抗する馬を無理やり引きずる数名の人影が見えたそうだ。 「こっそり近づいて、念の為、武器になるだろうと持っていった斧の刃にその人影を映してみたんですが…何も映らなかったんだそうです。」 ガラだ!と気付いた町の男たちは飛んで帰ってきたというわけだった。だから町がざわついていたのだ。  馬を取り戻さなくては、王の命令に背くことになってしまう。かと言ってガラから取り戻すとなると、命の危険がある。 「そういうことなら、問題ありません。俺たちで馬を取り返します。」 ディルの言葉に、ドーミー町長は目を丸くした。しかしそれより大きなリアクションを取ったのがシュートだ。ガタンっと椅子ごとひっくり返った。 「おいおい、正気か!?ガラは一人じゃないんだろ?どんな状態のやつかもわからないのに、危険すぎる。食われちまうかもしれねぇ!」 ガラはただ人がゾルに体を乗っ取られただけのものではない。魔力が強ければ、特殊な能力を持っていたり肉体が強靭なものになっていたりする。魔力を上げるために、ガラは人間の心臓を食べる。シュートを含めエンの民がそんなガラを恐れるのはもっともだった。 「町の人が斧の刃に姿を写せるまで近づいたのに、無事に戻ってこられたってことは、多分、ガラになって間もないんじゃないかな。倒せると思う。」 八百屋へのおつかい程度の気軽さで話すミックを、シュートは口をあんぐりと開けて見つめた。 「昨晩から行動しているであろうにも関わらずまだ人が追いつける範囲にいて、追跡されるような痕跡まで残している。魔力や知能が低い証拠だ。」 ラズの言葉にベルがうんうんと頷いて続けた。 「きっとまだそう遠くには行ってないわ。そんな感じがするの。」 根拠のないことを妙に自信たっぷりに言うベルが、誰かに似ているなとミックは気になった。しかし、誰だか思い出せない。    心配し止める町長とシュートを半ば無理やり説得し、旅の一行はガラを討伐し馬を取り返すことにした。盗まれた馬程の名馬は他にいないことと、今ならまだ追いつけそうだということ、そして盗んだガラが強力ではなさそうだということが理由だった。 「わかるけどよ、やっぱり危なくねぇか。」 町長が追跡用に別の馬を用意してくれるということで、その間ミックたちは馬車に戻り各々の武器や身なりを整えていた。シュートは皮の袋から短槍を取り出し、それを自信なさげに見つめた。 「貴様まだ言うか。そんなに嫌なら討伐に行かなくていい。そして旅のメンバーからもはずれろ。この腰抜け。」 ラズの厳しい言葉にシュートはむっとした。 「そこまで言うか、お前!」 「わからないのか?このタイミングで馬が盗まれているんだぞ。おそらく偶然ではない。誰かが、裏で糸を引いている。その誰かは、今後俺たちに馬を盗む程度ではないことを、仕掛けてくるかもしれない。今音を上げるくらいなら、話にならない。」 「おお、鋭い…私、ただタイミング悪く盗まれたのかと思ってた。」 弓を張りながらぽろりとこぼしたミックを、ラズが驚き呆れた顔で見やった。 「馬鹿か、貴様?」 清々しい程にストレートな言葉だ。 「うう…失礼な。」 「そうだそうだ、失礼だぞお前!」 シュートがここぞとばかりに便乗した。シュートの様子を見てミックは初等教育時代のクラスの男子たちを思い出し、少し懐かしい気分になった。なにか言い返そうとするラズの口を塞いで、ディルが間に立った。 「まあまあ。ラズの考えには俺も賛成だよ。ま、確定ではないけどね。シュートはどちらにせよ、今後のためにガラとの戦闘には慣れといたほうがいいよ。ミックのその考え方は無駄に深刻にならないから、長所だと俺は思うよ。」 フォローのプロだ。三方それぞれに寄り添った言葉をかけている。ミックは何だか申し訳なくなってしまった。シュートもそのようで、わりぃと声をかけている。ラズはふんっと鼻息荒く顔を動かして、口をふさいでいたディルの手から逃れ自分の剣を確認し始めた。 「あら、これ落ちたわよ。」 ミックはベルに差し出された封筒を受け取った。ミックの荷物が入った袋から落ちたらしいが、見覚えがない。開けてみると短い手紙と水色とピンクの糸で編まれた髪飾りが入っていた。手紙には「ミックへ 直接渡せなくてごめんなさい。手仕事部屋で作っていたら、思ったより時間がかかってしまったの。元気でね。また会えるのを楽しみにしてるわ。 ロッテより」と書かれていた。餞別の品を作っていたから、夜なかなか帰ってこなかったのか…ロッテは怒っていないことと自分の身を案じてくれていることに胸が熱くなった。左側の横髪に、しっかりともらった飾りを巻き付けた。 「さあ、そろそろ馬も用意できたかしらね?多分、ガラはまだ森の中にいると思うのよ。」 何も武器を持っていないベルが馬車のドアを開けて外へ出た。 「あ、姉さんは俺と違って占い師だったばあさまの力を継いでるから、勘は割と当たるよ。」 ベルに続いて外へ出ながらフォローの達人ディルは、ミック達へ伝えた。先程のベルが何に似ているか分かった。占い師だ。特定の誰かと言うわけではないが、論理的な根拠がないのに妙に言葉に説得力があるところが類似している。武器を何も持っていなかったが、占い師の力を継いでいるということは魔法を使って戦うのだろうか。そうだとしたらすごい戦力だ。そもそも魔法を使える人が少ないので、敵からすれば対策しづらい。それに魔法は矢や剣の刃のように消耗しない。使う本人の体力、気力がもつ限り、いくらでも繰り出すことができる。 ミックは何度か魔力計を使ったことがあるが、いつもメモリは0を指した。大多数の人々と同様、自分にはそういった力はないのだと思い知った。    用意してもらった馬に乗り、ミック達は森へ向かった。 「案内はここまででいいですか?」 森まで同行してくれた町人は、ミックたちが頷くのを見ると逃げるように町へ戻っていった。森とは言っても、木と木の感覚はそれほど狭くはなく馬は楽に通れそうだったが、万が一木が密集してきた場合の機動性と馬の安全を考えて、借りた馬は森の入口に繋いでおいた。陽の光が程よく入りこのような用件ではなく訪れていたら、楽しく散策できたに違いない。注意深く見なくとも、蹄鉄の跡があったり低い木の枝が折れていたりし、馬が通ったところは明白だった。 「やっぱり、ドーミー町長の言ってた洞穴に行ったかもね。」 ディルが太陽の位置を見て方角を確認した。 「な、何でわざわざ?その洞穴ってどこにも繋がってないただの大きな穴って言ってたよな?や、奴らにしたら速く遠くへ行きたいんじゃないのか。」 シュートの声は震えている。なんなら手も足も震えていた。 「ガラは陽の光の中じゃ動きが鈍るんだよ。それに、南中の太陽光を浴びると消滅する。」 ミックはつい先日の任務と随分前に隊の座学で聞いた話を思い返しながら答えた。   逆に夜はガラの天下だ。夜目が利くし、力もスピードも上がる。討伐するには今のような時間帯がベストだ。ガラ基礎学の座学を受けていた当時まだ実戦経験がなかったミックは、そんな強力な化け物と自分が対峙したら…と想像しては恐怖に押しつぶされそうだった。訓練経験も知識もない今のシュートは、きっとそれ以上に怖いはずだ。必要な経験だと半ば無理やり連れてこられたとはいえ、ここまで来たシュートに尊敬の念を覚えた。  突如、先頭を進んでいたディルが右手の拳を握る「止まれ」のハンドサインを出した。 「一体どうしたんだよ?洞穴まではまだ…うおっ!」 シュートのすぐ隣の木の幹に矢が突き刺さった。すぐ後ろにいたミックは、咄嗟にシュートのシャツの襟をぐいっと引っ張り、半ば転ばせるようにしてしゃがませ茂みに隠れさせた。自身もしゃがみ茂みに身を隠し弓を構えた。 「ちっ…何人だ。」 ミックたちの少し前で矢を避けるように木の幹に身を隠したラズが、苦々しい顔をしている。ミックは茂みの隙間から様子を窺い、ラズに見えるよう三本指を立てた。およそ五十メートル程前方にガラが三人見える。ここからは盗まれた馬は見えない。 「俺が行く。矢で牽制して敵の気を引け。」 そうラズが言った途端二本目の矢がラズの隠れている木に突き刺さった。ミックは葉と葉の間から敵を凝視し、しゃがんだまま弓を引いた。パシュッと軽い音を立てて、矢が飛んでいく。狙撃してきたガラの左肩に命中した。倒すことはできなかったが、これであのガラは矢をしばらく放てない。よく見ると、あとの二人のガラは剣を構えている。恐らくすぐには遠距離攻撃は来ない。 「行って。」 ミックはほとんど声を出さず、ハンドサインを出した。それを見たラズは低く身をかがめて駆け出した。迂回して近付くようだった。私も、と言いラズのすぐ後ろにいたベルが後を追った。ラズのスピードもさることながら、それについていくベルの身体能力はずば抜けている。 ミックはばっと立ち上がり、三本立て続けに矢をうった。一本は先程肩にくらっていた狙撃手のガラの胸に当たった。狙撃手のガラの体がサラサラと崩れていった。心臓を貫いたのだ。他の二人を狙った二本はそれぞれ頭と腹に命中した。 ミックが新しい矢を構えようとしたその時、後ろから牛が風邪をひいたような、低いゴーゴーとした唸り声がした。振り向くとガラが剣を振りかざしていた。が、動きは鈍い。これなら避けられる、と思ったがここでミックが避けては、背後で縮こまって震えているシュートに刃が当たる可能性がある。骨折のおそれがあるが、小手の防具で受けるしかない。弓矢から手を離し構え、衝撃に備えて体に力をぐっと入れた。 しかし、剣は振り下ろされなかった。ミックとシュートの後ろから飛び出したディルが、二本の短刀でガラの心臓を突き刺していた。短刀二刀流でこの身のこなし!さすらい人は戦い慣れているのかもしれないとミックは思った。 ガラは消え、剣だけが音を立てて地面に落ちた。辺りを窺ったが近くにはもうガラはいなさそうだった。しかし、何故か足元の草に霜が降りていた。春の暖かい日にはかなり不自然だったが、ラズ達の方が気になったので、ミックはそれについては深く考えず先程矢をうった先に視線を戻した。  
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