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見分け方
「全員通行証を見せとくれ。あと、目を。」
町の関門で、眼鏡をかけた年老いた門番が、のぞき窓から顔を出して言った。ミック達は手首に巻いた通行証を見せ、順番にのぞき窓の前に行き門番と目を合わせた。
「よおし、通っていいぞ。」
「随分念入りだな。」
門番が開けてくれた観音開きの扉を通るラズは、苦々しく思っているようだ。
「悪く思わんでくれ。最近妙な噂があってな。」
よっこいせ、と門番小屋へ戻りながら、門番は顔をしかめた。
「噂?」
「ああ。この辺りをガラがうろうろしとるってな。気味が悪いということで、入門の確認を厳しくしとるんだ。」
嫌な話だ。とは言え、今晩は宿に泊まることができる。ベッドで眠れるのはやはり嬉しい。
一行は町に入ってすぐクリフを厩に預けた。
「うちの厩は二十四時間見張りをつけとくから安心だよ。」
先払いの料金を受け取りながら、厩の主の男が得意げに言った。
この町には野良犬が多いらしい。人通りが多いところではそれほど凶暴ではないが、馬を襲ったり、場合によっては人を襲ったりすることもあるそうだ。
「宿場町で出入りが激しいからか知らないが、なぜか多いんだよな。」
門番がぼやくように教えてくれた。クリフを預けたあと、宿を取った。
荷物を置いたあと、一階の食堂兼飲み屋で昼食を取った。柔らかいウサギ肉のシチューは優しい味付けで心も体もほっこりとした。きゅうりのピクルスもさっぱりしていておいしかった。春キャベツのサラダは…
「ミックって本当によく食べるのね。」
次々と料理を味わっていたミックは、ベルの言葉で我に返った。
「いやぁ、食べるの好きなもんで…つい。」
「好き嫌いなく食うと、体にいいんだぜ!ところで…。」
パンをかじっていたシュートが、食べるのを中断して自分の目を指さした。
「何で門番は目を見たんだ?」
「貴様、そんなことも…」
「はいはい、知りませんよ!だから、教えてくれよ。」
散々ばかにされたからか、ラズに対する切り返しが上手くなっている。ミックはくすりと笑ってしまった。ラズに睨まれたので、慌ててまたシチューを食べだした。
「ガラとそうでない人を見分けるポイントはいくつかある。そのうちの一つが、目だ。あの門番は俺たちがガラではないか確認したんだ。ガラの目は本来白目である部分がカラスの羽のように真っ黒になる。」
「へぇ。知らなかった。鏡に映らないってのと、影ができないってのは知ってたけど。」
シュートはラズの知識に素直に感心している。シュートが今言った方の見分けるポイントは一般的によく知られている。しかし、目の違いについてはあまり認知されていない。見分けるポイントとして使わない方が良いとされている。
ガラは魂こそ別物になってはいるが、肉体はそのままだ。肉体に付随して、癖や身体能力、話し方や記憶なども受け継がれる。つまり、目を見るか、影や鏡に映し出された姿を確認しないとエンの民と見分けることができないのだ。
ガラがいるらしい、という噂で簡単に疑心暗鬼に陥る人もいる。昔、目の色の見分け方で、誤ってガラではない人が殺されてしまったという事件があったとミックは聞いている。白目の部分が黒っぽくなることは、一般的な目の疾患の症状としてあるのだ。それが誤解された。ガラの目はその症状とは違い、一部分がくすんだような色ではなく、白目全体が真っ黒になっているのだが、実物を見たことのないガラに怯える一般人には分からなかったのだろう。
「実際、シュートが知ってたその二つの方法の方が分かりやすいからね。さっきは門の前だとちょうど日陰になっちゃうし、のぞき窓から鏡で映すのも難しいから目で判断したのかもしれない。でも、今どき珍しいよ。」
ミックはガラの目の特徴については隊の座学で知った。ラズもそれで知ったはずだ。ディルが当然のように知っていて、最近では使われていない方法だということも把握していることに驚いた。さすらい人の知識は侮れない。
昼食を食べ終わったあとは、各自で自由時間となった。ラズとディルは、自分たちの武器を研いでもらうため、刀鍛冶のところへ行った。シュートは、本売りの行商が来ていると宿屋の主人から教えてもらった。
「眼鏡をかけた男で、大きな葛籠をしょってたよ。」
主人からの情報を得て、眼鏡、葛籠、とブツブツ言いながらシュートは行ってしまった。
ミックは食料調達を買って出た。一人では大変だから、とベルも同行することになった。ベルとミックは連れ立って市場へと向かった。
「塩漬けの豚肉もいいね!ドライフルーツも何種類かあると嬉しいな。あとナッツ類は手軽に栄養補給できるからほしいかも。」
久々に来た市場には美味しそうなものが目白押しで目移りしてしまう。近衛兵になってから、ほとんどの時間を城内で過ごしていたから、この雰囲気が懐かしい。
「根菜類もあるといいわね。それにしても、あの二人、真っ先に武器のメンテナンスなんて神経尖ってるわよね。ま、剣士は頼りになるといえばなるけど。」
ベルは軽くため息をついて言った。
「ごめんね。私も剣を扱えれば、頼りになったんだけど…。」
「え?ああ、違うのよ!ちょっと呆れて愚痴っちゃっただけ。そういう意味で言ったんじゃないのよ。ごめんなさいね。」
しゅんとするミックの肩をバンっと(本人はポンっとしたつもりだろうが)叩いて、ベルは謝った。ミックの体は叩かれた肩側に大きく傾いた。
市場のあらゆる出店で、ベルがすごい剣幕で値切り交渉をしたため、想定よりかなり安く食料を調達することができた。脅しではなかろうかという勢いの交渉だったので、ミックは少し八百屋や肉屋の主人が可哀想になった。
買い出しを済ませたミックとベルは宿に戻った。ベルは縫い物を始めた。ミックは道中集めた材料で矢を作り始めた。どんな町でも大概矢は買えるしこの町でも調達済みだが、準備しておくに越したことはない。
夕方近くになって、ミックは調達した食料を分担して持ってもらおうと、男性陣の部屋を訪ねた。シュートがランプの明かりで本を読んでいた。ミックはしっかりノックしてドアを開けたのだが、気付いていないようだった。近寄ってみたがまだ本を読んでいる。
「シュート!ちょっといい?」
「ん?…おお、たくさん買ったな!」
シュートは声をかけられてやっと顔を上げ、ミックが抱えている食料を慌てて受け取った。
「本買えたんだね!」
「おう!目印がわかりやすかったから、すぐ見つけられたぜ。」
本の表紙には『魔法入門書ー氷系統、氷結の仕組みとその操作ー』と書かれていた。あまり本を読まないミックは、その題名を読んだだけで眠くなりそうだった。
持ってきた食料をシュートと三つに分けた。その内の一塊をシュートは自分のリュックに入れた。
「ラズとディルは、このくらいきっと持ってくれるよね。二人はまだ?」
「ああ、戻ってねぇみたいだな。でも、そろそろ約束の夕飯の時間だ。食堂に降りておくか。」
ミックとシュートは部屋に残っていたベルを誘って客室のある二階から一階へと降りていった。
しばらく待ってもディルとラズが現れなかったので、先に夕飯を注文してしまおうかという話になったところで、ちょうど二人は戻ってきた。
「あら、お戻りで。長いデートだったわね。」
ベルはにこっと笑って二人が座れるよう席をあけた。ラズはベルを睨んだ。
「鍛冶屋のあとは別行動だ。仕上がった剣を取りに行ったところで、また会った。それだけだ。」
はいはい、冗談よ、とベルがひらひらと手を振った。ラズは一体いつ笑うんだろうかとミックは純粋に疑問に思った。
夕飯を食べ終わった一行は、明日の出発時間を確認して部屋へ戻った。武器をすぐ手に取れる位置においたのを確認し、ベルにお休みと告げ、ミックはベッドに入った。一週間ぶりのベッドはとても気持ちよかった。野宿でも寝付きがよく、すぐ眠ってしまうミックだが、今晩はベッドに入って十秒も経たずに寝入ってしまった。
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