タクシー

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タクシー

 EV車は走行音が静かで、車内はしんとしている位だった。美香はずっと前を見たままで、先ほどの様に媚びを売ってこちらに視線を向けようとはしない。ふと、彼女は何人の男を相手にしたのだろうと思った。下卑た考えだった。この件で一番疑問に思っている事を、沈黙を破る為に訊いた。 「どうしてこんな仕事を始めたんだい。金に困る事なんて無かったろう」  美香の表情は動かなかった。この手の仕事に就く女性の全てが、金に困っている訳ではないのは承知だった。気づいたらこの世界にいる、という事はまま有る。この仕事が性にに合う、という女もいる。 「……お父様は、どうなされてますか」  小さく、美香が言った。その横顔は蒼ざめ、益々美しかった。ずっと見ていたい程に、綺麗だった。抱いておかなかった事を後悔した。まだ罪悪感や善意というものが自分の中に残っている事に、少し驚きもした。 「憔悴してるよ。歳老いてからの跡取り息子が、自分より先に死んだんだ。可哀想なぐらいだった」  美香の瞳にまた、涙が浮かんでいた。その真珠をすくい取ってやりたいと思った。
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