別れ

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「あたしはいつも、誰かに選ばれたいと思っていました。棄てられた子供だから。あたしを指名してくださったのが、お仕事でなければ良かった」  泣き笑いのような笑みを、美香は見せた。ドアが閉まり、邸宅の大層な門の方へ歩いて行く美香の後姿が見えた。毅然とした歩みだった。 「渋谷まで戻ってくれ。それと」  財布から札を何枚か出して、運転手に向けた。 「さっき聴いた事は全部、忘れてくれ」  運転手は無言のまま頷き、札を受け取った。  美香は最後まで、気づかなかった。いや、気づいていたのか。彼女があの職業に就いた理由は、恐らく本心ではない。本心である訳がなかった。この汚い計画を思いついた自分を、許さないでいて欲しかった。そうする事で、自分の存在をどこかでずっと、記憶に留めていて欲しかった。自分を罰し続けて欲しかった。あの美しい顔で。あの眼差しで。  不意にあのネックレスのダイヤの輝きを思い出した。彼女によく似合っていた。
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