事実

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事実

 差し出した興信所の名刺の名前を見ても、『みすず』には間宮が死んだという事実以上の動揺は見られなかった。iCレコーダーを取り出して、少しだけ表情が変わっただけだ。  興信所の調査員だというのは本当の事だが、伝えなかった事もあった。間宮賢一とは顔見知りなのだ。もっとも、人当りもよく友人も多かった好青年の間宮にとっては、ワン・オブ・ゼムの友人の一人に過ぎなかったろう。同じゼミに通い、今は『みすず』と名乗っている彼女――麻生美香に好意を寄せていた自分の気持ちなど、知りもしなかった筈だ。彼女にも、間宮しか見えていない。そう思っていた。  自分が、他人の人生のただの背景でしかないという事を、学生時代は嫌というほど実感させられた。それでも、間宮のような人間のそばにいれば、何かお零れに与る事もあるかと思ったが、そんなに世の中は甘くなかった。結果として、人の人生の粗をほじくり返すような、今の職に就く事になった。 「お父様が…?」  美香が顔を上げた。 「どうして婚約破棄なんてしたんだい。挙式も間近だったって言うじゃないか」
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