事実

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 『お父様』と呼ぶ程に親しかったという事だろう。間宮と美香と、その父の笑顔の風景がふっと思い浮かんだ。そこには幸せな家族の像しか見えてこなかった。 「間宮が自殺だったか、事故だったのかが問題になってる。自殺なら保険は払われないのが通常の流れだ。仕事上でのトラブル、金銭問題も見つからなかった。あとは君との関係だけなんだ」  美香が赦しを乞うように顔を上げた。頬から小さな雫が流れ落ちた。 「そんな」  少し残酷な気分が強くなった。 「間宮には遺書は無い。遺書があればそれでカタはついたんだけどね。何故君が婚約破棄したのか、お父さんは直接会って話を聞きたいと仰ってる」  耐えられないといった風に、美香は首を横に振った。濡れた髪が揺れて、彼女の貌を隠した。  この筋立てには無理があった。そもそも、間宮の父親が、美香がこのような仕事をしているという事を知り得る訳が無かった。彼はもう老人だった。間宮は彼の晩年の子どもだったからだ。若い頃に女を託った事もあるだろうが、まさか自分の息子の婚約者が、こんな職業についているとは思いもしなかった筈だ。
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