第31章  告白 ②

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第31章  告白 ②

一気に溢れた感情と涙が収まるのを待つ間も土門の手を離さずにいた。 この手があるから、泣けたのだ。 この温もりがあるから、振り返れた。 「 ……駿平……貴方のおかげ。ありがとう…… 」 遥子は涙でぐしゃぐしゃになった顔で土門の顔を見た。 「 貴方を好きになって……私の止まっていた時間が動き出した。駿平が私なんかを好きだと言ってくれたから……私の人としての感情も息を吹き返したんだと……思う。」 土門は、酷く複雑そうな顔で遥子を見つめた。 「 “ 私なんか ”……は、やめましょう。遥子さんだから、好きになったんです。」 「 ……聞いてもいい?」 「 もちろん。」 土門はようやく僅かに笑った。 「 ……最低な女だと思ったわよね?いつか、自分も潰されるかもしれないって思った?……そんな犯罪まがいなことするような女、引いたでしょ?」 そう問いかけた遥子の眼差しは何かに怯えているように見えた。 土門は、軽く目を閉じ小さく首を左右に振った。 「 僕にそれを言わせたいんですか?……でも、無駄です、口が裂けても言いませんよ。」 ちょっと不機嫌にそう言った土門の顔を不思議そうに遥子が見つめる。 「 ここまで辛い話を遥子さんにさせて……今更、偽善ぶるつもりはないです。なので、思うままの気持ちを伝えます。」 何かを抑え込んでいるせいなのか、不機嫌で怖い表情に見える。 遥子は微かに息を呑んで頷いた。 「 許せないです。遥子さんが許せても、僕は許せないです。貴女を踏みにじってのうのうと幸せになっている江上龍也が。彼を救った遥子さんが、なぜ今も苦しまなければいけないのか、到底理解に苦しみます。」 遥子は、土門の解釈の違いに小さく首を振った。 「……そうじゃないの。私が今も赦せないでいるのは、彼が美月ちゃんと幸せになったことじゃない、そこじゃないの。むしろ、二人が幸せになってくれたことで救われたの。」 遥子の言葉を受けて土門の顔は尚更険しくなった。 「 今更、綺麗事ですか?自分を踏みにじった人間が幸せになって救われた?じゃぁ、何が許せないんです?」 遥子はため息をついた。 彼の今の意見は、当時の自分のまんまの感情だ。 なぜ自分だけが惨めなのだと… なぜ自分だけ幸せになれないのだと…… 「 赦せないのは、当時の私自身よ。これは綺麗事じゃない。以前聞いたことあったでしょ?私が元犯罪者だったら?って。」 土門は険しい顔のまま、黙っていた。 「 私は……見当違いの自分勝手な腹いせで、彼達に犯罪まがいなことをして、一旦は二人の仲を裂くまでに到ったの。訴えられたっておかしくなかった。そうすれば私は本当に犯罪者だった。でも……私が今もこうしていられるのは、彼等が私を…赦したからなのよ。」 「 彼等が赦した……遥子さんが赦された……傷つけたのは彼等で、傷つけられたのは遥子さんで……話の結末がぐちゃぐちゃだ。」 「 駿平……お願い、そんな風に言わないで。江上龍也との事は全て話したわ。今だかつて、誰にも話したことの無かった事まで……駿平だから話したのよ?すべて終わったことなの……」 遥子に少し懇願気味に抗議され、土門は再び黙り込んだ。 遥子の受けた理不尽な仕打ちが、まるで自分が受けた仕打ちのように同化している感覚が強かった。 激しい怒りが収まらない。 この怒りをどう収めたらいいのかがわからない。 「……もしも……」 土門は、歯を食い縛るように低い声で言う。 「 ……もしも、その時、僕が貴女の傍にいて……苦しむ姿を目にしたら……僕は彼を、殺してしまったかもしれない…… 」 予想だにしなかった彼の激しい怒りに、遥子はショックを受けた。 なぜ、自分の過去の話しにそこまで感情を入れ込むのかが理解出来なかった。 土門の様子に混乱し、言葉を見つけられずにいた遥子だったが、先に土門が動いた。 彼は、遥子が握りしめたままでいた自分の両手をそっと引き抜いた。 「 今夜は……帰ります。」 温かい手を引き抜かれ、突然突き放されたような錯覚に陥る。 「 遥子さん、辛い話を話してくれてありがとう。そして、ごめんなさい。」 遥子はたまらずに立ち上がった。 「 なぜ……駿平があやまるの?何に対しての“ ごめんなさい ”なの?」 土門も立ち上がると、ゆっくりとした動作で遥子の側まで動いた。 そしてそっと遥子の頬に残る涙の跡に触れた。 「 貴女を泣かせたから。」 「 駿平のせいじゃないわ…… 」 二人は一瞬、見つめ合う。 だが、先に目を逸らしたのは土門だった。いつもの真っ直ぐな目ではなく、暗い目をしていた。 「 遅くまで、すみませんでした。明日も仕事ですからお(いとま)しますね。」 「……こちらこそ、遅くに誘ってごめんなさいね。」 そのまま、ジャケットを手渡し、玄関まで送る。 「 くれぐれも、気をつけて帰ってね。」 「 はい、気をつけます!」 最後に土門は、いつものように敬礼をして笑ってみせた。 そして、おやすみなさいを告げてドアの向こうに消えた。 おやすみのキスもくれなかった。 抱きしめてもくれなかった。 優しく微笑んでも、くれなかった。 遥子は力無い足取りでリビングからベランダに出た。 暫くすると、駐車場から土門のバイクが出て公園の横を国道に向かって走って行くのが見えた。 遥子の瞳から涙がはらはらと零れる。 酷く淋しかった。 やはり、私の中の闇を知って、がっかりしたんだろうか? なぜか彼は怒っていた。 貴方が好きだと告げたのに、自分の過去にとても怒っていた。 彼が心底好きだと思えたから、誰にも話せなかった事を話したというのに……抱きしめてくれるでなく、怒って帰ってしまった。 遥子はベランダの手すりに顔を埋めて泣いた。 やはり、話さなければよかったと。
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