第9章  罪と罰 ②

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第9章  罪と罰 ②

それから1ヶ月後…… 遥子の放った罠は、功を奏したのだと、美月本人から知らされることとなった。 光永出版の名前で面会を申し込み、美月は自分を訪ねて会社にやって来た。 青ざめたというより、血の気の失せた青白い顔で、彼女は立っていた。 その眼は泣き腫らしたように虚ろで、自分の知る美月とは全くの別人だった。 「 遥子さん……貴女の望んだ通りになりましたよ。私は、二度と江上先生とお会いすることはないでしょう。これで、満足ですか?」 美月は怒りを抑え込んだ低い声で、そう言った。 彼女の澄んだ瞳で真っ直ぐに睨むように見つめられて、遥子は思わず美月から目を逸らした。 こうなる為に、この結果を得る為に仕向けた罠だったのに、何故か胃が締め付けられるようにキリキリと痛んだ。 「……そう。残念だったわね……」 美月を見ることなくぼそぼそと答えた遥子だったが、次の瞬間、予想だにしなかったことに襲われた。 つかつかと詰め寄ってきた美月に、頬を力一杯引っ叩かれた。 余りにも突然の衝撃に、遥子は大きくよろめき近くにあったソファに倒れるようにつかまった。 呆然とする遥子に美月は尚も激しい怒りを泣きながら訴えた。 「 どうして!?どうして、江上先生にあんな酷いことを!!彼の一番辛い時を知っていて……貴女が支えてきたはずなのに…… 」 美月はふたたび遥子に詰め寄り、上着を両手で掴んだ。 「 どうして私じゃなかったんですか!?貴女が憎いのは私でしょう!?貴女は江上先生を愛しているんでしょう!?ならば、私に毒でもなんでも飲ませればよかったじゃないですか!!どうして……あの人に過去を思い出させるようなあんなことを!?」 しゃくりあげながら、ぼろぼろとこぼれ落ちる涙を拭うこともせずに美月は続ける。 「 遥子さん!!お願いですから!お願いだから……本当の遥子さんに戻って……こんなの遥子さんじゃない…… 」 最後は懇願するように、遥子の胸に泣き崩れた美月だった。 遥子は、小刻みに震える手で美月を抱きしめた。 わかっていた。 初めから、わかっていた。 こんな風に私に騙されても尚、一番に江上を想い、私を想うこの娘は、真っ直ぐな娘だ。 純粋で優しい娘だ。 だから、彼もこの娘を選んだのだ。 だから、彼はこの娘を愛したのだ。 遥子は痛みに泣いた。 それが美月に叩かれた頬の痛みなのか、ずっと抱えてきた心の痛みなのか…… 「 美月ちゃん……ごめんね……ごめんね…… 」 遥子は小柄な美月を抱きしめながら、声をあげて泣いた。 ずっと、ずっと、こんな風に誰かの前で泣きたかったのかもしれない。 そのプライドの高さ故、弱音は吐けず、沢山の事を呑み込む癖がついていた。 我慢する分、許し認めることが出来なくなっていたのかもしれない。 そして、我を失い、一番大切なものを傷つけ陥れた。 もはやこれは犯罪であり、私は犯罪者になり下がったのだ。 いっそのこと、江上なり、美月なりが警察にでも訴えてくれれば、私は罪を償えたかもしれない。 実際に毒を盛ったわけでは無いにしても、彼を追い込む為の薬物ならば……それはやはり犯罪なのだから。 にも拘らず、誰ひとり私を訴える人はいなかったのだ。 美月においては、私に騙されたことも薬を渡されたことですら、誰にも言わずに、江上の前から姿を消したと……後に江上本人から聞かされた。 当の江上ですら、全てのあらましを説明して謝罪に行ったが、悲しそうな淋しそうな眼で見るだけで責める言葉は一言も発しなかった。 最後に彼が口にした言葉…… 「 残念だよ……」 それが “ さよなら ” だったのかもしれない。
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